もっと知りたい時計の話 Vol.78
さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史、時計が測る時間、この世界の時間などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。
あなたは、“文字盤が隠せる時計”をご存知ですか?ハイジュエリーウォッチなどがお好きなら、お持ちではありませんか?今回はそんな時計、“シークレットウォッチ”の話です。
皆さんは会議や会食、パーティの最中、時刻をどのような方法で確認していますか? その場所の壁に掛けられた時計を見ますか? 自分の腕時計やスマートウォッチ、スマートフォンや、パソコンを見ますか?そのとき、どんな風に時間を見ますか? チラリ、ちょっと見する方が多いと思います。
時計は時間を知るための道具ですが、時計のなかには、文字盤に蓋を付けるなどして“文字盤が隠せる時計”があります。それが1920年代頃からヨーロッパの社交界で女性たちが着用するようになった「シークレットウォッチ(秘密の時計)」と呼ばれるもの。
シークレットウォッチは、一見すると時計には見えない時計です。ロングネックレスのペンダントトップや、ブレスレット、指輪などのジュエリーの中に時計が仕込まれていて、しかも文字盤の部分が、蓋などで隠されているのです。
いったいなぜ、こんな時計が生まれたのでしょうか。それは1920年代から1950年代にかけて、パーティなどの社交の場で女性が時計を見るのは「退屈しているように見えるから、同伴している男性のためにも避けなければいけない」という、現代の私たちから考えるといささか女性差別的な不文律があったのです。そこで考案されたのが、一見するとジュエリーにしか見えないシークレットウォッチでした。女性がパーティ中や会食中でも、こっそりと時間を見ることができるように。
現代でも男性女性を問わず、相手の前で腕時計を何度も見て時間を確認するのはあまりオススメしません。相手のことをおろそかにしているように見えて相手に失礼ですから。これは社会人になって教えられる、基本的なビジネスマナーのひとつでもあります。
さて、そんな理由で誕生したシークレットウォッチですが、今も限られたハイエンドな時計ブランドでは女性用のハイジュエリーウォッチのひとつのジャンルとして愛されています。隠された時計機能がサプライズや遊びになっていて、腕に付けるブレスレットやネックレス、ペンダントにもなっています。
デザインとしてもっとも一般的なのはやはり、文字盤を可動式の蓋で覆ったもの。通常は文字盤が隠れた状態で、蓋をスライドさせると、文字盤が現れる構造になっています。また、ケースの側面に小さく設けて、正面ではなくケースの横から文字盤や時刻表示をこっそり覗き見するようにデザインされたシークレットウォッチもあります。
シークレットウォッチの代表的なデザイン例(オリジナル・デザインスケッチ)
さらに最近では、ただ文字盤を隠すのではなく、時計のムーブメントの中に特別なシークレット機構=時間が読めなくなる独自の機構を組み込んだ時計も登場しています。たとえば、そのままだと針が定位置に止まっていて、ボタンを押している間だけ時針と分針が現在時刻の位置に動くもの。それとは逆に、ふだんは普通に時針や分針が動いているのに、ボタンを押すと針が「存在しない時刻の位置」に移動して止まり、もういちどボタンを押すと現在時刻に復帰するもの、など。
世界史を振り返ってみると、時計が広く使われるようになったのは18世紀後半。第一次産業革命が起きて工場での労働の時間管理が必要になったことや、鉄道の安全運行のために正確な時間と厳密な時間の管理が必要になったことがきっかけでした。産業革命は「蒸気機関の登場によるエネルギー革命」だと私たちは学校で教わりました。でも最近では産業革命は「時間革命」、つまり「時間に管理、支配される」時代の始まりだとも指摘されています。
産業革命が始まる前、まだ時計が普及していなかったとき、人は現在のように「時間に支配され、時間で管理される」ことはなく、今よりも時間を気にせず、時間に対しておおらかな態度で生きていました。 文字盤を隠すことができて、一時的とはいえ「時間を気にせずに過ごす」ことのできるシークレットウォッチは、いつでも24時間休みなく「時間に管理、支配される生活」から、今こそ、ほんのわずかな時間でも自由になれる特別なアイテムとして必要なのかもしれません。