もっと知りたい時計の話 Vol.39
さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。
皆さんのお宅にはメイド・イン・ジャーマニー、つまりドイツ製のものはありますか。ドイツ製といえば多くの人がまず思い浮かべるのは、メルセデス・ベンツやBMWなどの自動車でしょう。ご年配の方なら、ライカやコンタックス、ローライなどのカメラかもしれません。もしかしたら、ミーレやボッシュなどの家電製品という方もいらっしゃるかもしれません。
ドイツの工業製品には他の国のものにはない特別な魅力があります。そして日本は明治、大正、昭和の時代からドイツをお手本にして、社会のインフラや工場の生産活動に不可欠な巨大な産業機器、自動車やオートバイ、精密機械などさまざまな工業製品を作ってきました。なかでもドイツをお手本にした精密機械としていちばん知られているのが、双眼鏡や顕微鏡、そして銀塩フィルムを感光剤に使うフィルムカメラなどの光学機器でしょう
日本で双眼鏡や顕微鏡、フィルムカメラの開発・製造が本格的に始まったのは1910年代以降。日本のこうした製品の歴史はどれもドイツの製品をお手本にすることから始まり、半世紀以上もの長い時間をかけ、いまでは最高峰ともいうべき機能と性能を誇り、世界中で愛用されています。
ところで、35㎜サイズのロールフィルムが定番になった1930年代。ライカやコンタックスなど当時のドイツ製光学カメラとレンズの性能、機能と信頼性、造りの素晴らしさは飛び抜けたものでした。そしてドイツ製のこうしたカメラは世界中のカメラ好きの憧れでした。価格も信じられないほど高くて「ライカ1台は家1軒と同じ価値があった」ほどです。
日本のカメラメーカーの技術者たちは、こうしたカメラをネジ1本までバラバラに分解してその技術を必死で学び、何とか追いつこうと努力に努力を重ねました。このドイツ製カメラの絶対的な名声は、カメラの基本構造がレンジファインダー型から一眼レフ型に切り替わる1970年代まで続きます。
そしてカメラがアナログからデジタルになったいま、昔のドイツ製カメラには熱烈なファンが多くいますし、新旧を問わずドイツ製のレンズは独自の個性で、デジタル時代になってもレンズマニアを魅了し続けています。
レンジファインダー型35㎜フィルムカメラの名作「ライカM型」のなかでも「完成型」とされる傑作「M4」(1975年発売)。金属素材ゆえのボディーの圧倒的な重厚感。素早く確実なピント合わせができる二重像合致式ファインダーの素晴らしい「見え味」。心地良い撮影ができるシャッターボタンの絶妙なストロークと感触など、まさにドイツ製品の魅力が凝縮された1台。装着されているレンズは標準レンズの傑作としてほまれ高い「ズミクロン F2.0」。
そんな黄金時代のドイツ製カメラの魅力は「長い年月を経てもビクともしない質実剛健な造り」。「卓越した性能と機能」。そして「ムダを削ぎ落とした機能美」。この3つに集約することができるでしょう。そして時計の世界でもドイツ製の時計はこの20年あまり、スイス製の時計にはない、黄金時代のドイツ製カメラに通じる特別な魅力で注目されています。
さて、日本の人にとっていちばんなじみのあるドイツの時計といえば「鳩時計(正確にはカッコウ時計)」ではないでしょうか。そういったものも含め、ドイツも実は時計の歴史の中で重要な役割を果たした国のひとつだったのです。たとえば16世紀の初め、ぜんまいを動力源にして動くドラム型の“携帯できる世界最初の懐中時計”を発明したのは、中世ヨーロッパを代表する大貿易都市だったニュルンベルクで鍵屋、そして時計職人として活躍していたピーター・ヘンライン(1479〜1542)でした。ただ残念なことにその後、時計産業の中心地はフランス、イギリス、そしてアメリカへと移ってしまい、19世紀半ばまでドイツで時計産業が大きく発展することはありませんでした。
いま多くの時計愛好家から注目されているドイツ時計グラスヒュッテの歴史は、1845年ドレスデンのザクセン王国宮廷時計師の弟子だったフェルディナンド・アドルフ・ランゲがザクセン王国の支援を受けてドレスデン郊外の山間の町・グラスヒュッテに開設した時計工房から始まります。この地方はかつて銀の採掘で栄えていたのですが、鉱脈の枯渇による閉山で経済的に苦境に陥っていました。のちに町長も務めたランゲはこの地に時計産業を新たに興すことで、地域を再び活性化しようとしたのです。
そして19世紀後半から20世紀初頭、グラスヒュッテの機械式時計はドイツらしいシンプルでストイックなデザインに優れた精度と信頼性、耐久性で高い評価を得ました。しかし、第一次世界大戦の敗戦と経済危機、第二次世界大戦の敗戦と東西ドイツの分割など、過酷な歴史の中で数奇な運命に翻弄されることになります。その後、1990年代の機械式時計ブームの中でグラスヒュッテの時計産業は奇跡的な復活を遂げます。
グラスヒュッテとその周辺で作られるドイツ時計には、ムーブメントの剛性を確保する目的で1864年に生まれた3/4プレート(地板に歯車やバネを固定する「受け」を、地板の3/4を覆うサイズの一体構造とする)構造や、スワンネック式と呼ばれる独特の形状をした緩急調整装置、焼入れにより耐食性を高めた美しいブルースチール製のねじ、左右非対称デザインの文字盤、「パノラマデイト」と呼ばれる2ケタの大型の数字によるカレンダー表示など、メカニズムやデザインにひと目で「グラスヒュッテ製」だとわかる特長がいくつもあり、それがスイス時計にはない特別な魅力のひとつなのです。
「セネタ・エクセレンス・パーペチュアルカレンダー」に搭載されているグラスヒュッテ・オリジナルが自社開発製造する、最新の自動巻きムーブメント「キャリバー 36-12」。
3/4プレート構造で、「受け」に手彫り加工を施したスワンネック式の緩急調整装置(いちばん手前のてんぷの上)、ブルースチール製のねじなど、グラスヒュッテのスタイルが採用されています。
また、時計の精度を保証するドイツの「クロノメーター規格」は、ムーブメント単体でテストするスイスの「クロノメーター規格」と違い、ムーブメントをケースにセットした状態で行うなど、ドイツらしい完璧主義が貫かれています。
ドイツ製のモノが大好きな方はもちろん、このコラムをきっかけにドイツ時計に興味が湧いたという方、また、メカニズムやデザインで個性的な時計がほしいという方。一度店頭で、ドイツ時計に触れてみられてはいかがでしょうか。