もっと知りたい時計の話 Vol.36

さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。

水時計がいつ発明されたのかは、日時計と同じでまだよくわかっていません。しかし、どちらも紀元前7000年から4000年ごろに発明されて使われていたとされ、古文書などの考古学的な記録でも、エジプト、メソポタミア、インド、中国で、遅くとも紀元前1600〜1500年ごろには使われていたことが確認されています。今回はそんな水時計、それもいま日本で実際に動いている“世界最高の水時計”のお話です。

水時計は、湧き水などの「いつも決まった量が安定して流れてくる水」がエネルギー源で、またこの水を水槽などの容器に貯めることで、その水面の高さで時間の経過を計り、それをもとにして時刻を示す(定義する)時計です。日時計と違い、太陽が出ていないときでも使えるうえに、ごく短い時間の計測もできます。そのため、17世紀に機械式の振り子時計が開発されるまで、1000年近くにわたって正確な時刻の計測に使われていました。また、古代から日時計と水時計を併用することも珍しくなかったようです。

そして水時計で中国由来のものを特に「漏刻(ろうこく)」。西欧由来のものを「クレプシドラ(英語: clepsydra)」と呼んでいます。クレプシドラとは、古代ギリシア語の「水時計」のこと。「クレプ」は「盗む」。「シドラ(ヒドラ)」とは「水」のこと。つまり、もともとは「水泥棒」という意味だそうです。

ところで、日本史がお好きな方は「漏刻」という言葉をお聞きになったことがあると思います。「大化の改新」で知られる天智天皇が、当時の暦で671年4月30日、都だった近江大津宮に漏刻を設置し、これをもとに鐘と太鼓を鳴らして時刻を知らせた、という史実があるからです。そして6月10日の「時の記念日」は、この史実の日を現代の暦に換算して決められたもの。ただ、この漏刻がどのようなものだったのかはわかっていません。

江戸時代に漏刻を研究していた桜井養仙が著書「漏刻説」の中で描いた、天智天皇の漏刻の推定図(左)。その図に基づいて再現された漏刻の模型(右)。※推定図は国書データベースより

漏刻という名の水時計が中国で誕生したのは紀元前6世紀とされています。そしてこの漏刻は、天文学や占星術には欠かせない道具として独自の発達を遂げていきます。そして1092年、北宋時代の中国で「世界最初の天文時計」とされる「究極の水時計」が誕生します。

その名は「水運儀象台(すいうんぎしょうだい)」。設計・製作したのは北宋時代の機械技術者で宰相(大臣)でもあった蘇頌(そしょう)という人。時刻を表示する「昼夜機輪」(ちゅうやきりん)、1464個の星の位置を表示する機能を持つ「渾象」(こんしょう)、最上階の櫓の下で狙いを定めた星を追尾するレンズの無い望遠鏡である「渾儀」(こんぎ)の三つの表示部を備え、その誤差は1日24時間でわずか100秒だったとされています。

今の腕時計にたとえれば、天文表示機能、永久カレンダー機構、トゥールビヨン脱進機を備えた超複雑時計に当たる機能。しかも驚異的なのは、このメカニズムがすべて水力で動く仕組みだった、ということ。一定のスピードで時計の歯車を動かすために欠かせない「脱進機」の役割を果たすのは何と水車。水車の一番外側に36個の「水を受ける箱」があり、ここに決まった流量の水を流し込むことで、規則正しく水車が回転する仕組みになっています。

さて、時計に興味のあるみなさんにぜひ知って頂きたいのはここから。今から900年以上も前に製作された「世界で最も複雑な水時計」ともいえるこの「水運儀象台」が1997年に、この日本で忠実に復元され、その中に入ってその仕組みを鑑賞することができるのです。


しもすわ今昔館おいでやの中庭にある「水運儀象台」。3階建てで、屋根の部分にあるのが望遠鏡の役割をする装置。2階部分には、現代のプラネタリウムに当たる装置が収められています。そして1階左側から内部に入って見学できます。

設置されている場所は、素晴らしい温泉でも有名な長野県の下諏訪町。平安時代から続く、日本三大奇祭のひとつである御柱祭(おんばしらさい)で知られる諏訪大社。その下社秋宮の近くの「しもすわ今昔館(こんじゃくかん)おいでや」の中庭です。

そのサイズは高さ12メートル。それだけあって、内部に入って見ることができます。そして、毎正時ごとに、正面右側の扉からこの装置を考えた蘇頌(そしょう)の人形が登場して説明のアナウンスが流れ、さらに、ミュージアムの方から解説を聞くことができます。

水運儀象台の内部機構。上左)左にあるのが水車で、右にある人形がセットされた大きな木製の輪が表示機構。上右)水運儀象台を動かす水車。中央の四角い金属製の箱に水が注がれ、その重さで水車が回転する。下左)人形の持つ札には時刻などの情報が書かれている。下右)2階にあるプラネタリウム装置。

さらにこの儀象堂には、日時計に始まり、最新のGPS電波ソーラー腕時計に至る壮大な時計の歴史を学ぶことができる展示室や、地元で時計作りを続けてきたセイコーエプソン(旧諏訪精工舎)OBの時計技術者の指導の下、自分で時計を組み立てる体験ができる「時計工房での時計作り体験」コースも用意されています。


左がミュージアム・エリア。そして右が時計工房。ここで時計作りが体験できます。小さなお子様にも楽しんでいただけるビギナーコースから、本格的にムーブメントを組み立てるこができる 機械式腕時計作り体験もできます。

こんな施設は世界でもここだけ。スイスに次ぐ時計王国ともいえる日本ですが、実は時計をテーマにした博物館は意外に少ないもの。もし長野県の諏訪周辺を訪ねることがあったら、ぜひ足を運んでみることをオススメします。


しもすわ今昔館 おいでや
長野県諏訪郡下諏訪町3289
 TEL:0266-27-0001 FAX:0266-26-1177
 開館時間:年中無休
 3月〜11月 9:00〜17:00
 12月~2月 9:30~16:00
 入館料:大人600円、小中学生300円
 ※団体、障害者割引あり