もっと知りたい時計の話 Vol.35

さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。

2022年の秋から2023年の秋にかけての1年間は、サッカーやラグビーの日本代表が注目され、その目覚ましい活躍が大きな話題になりました。そして、サッカーやラグビーの試合で「いちばん気になる時計」といえば、試合をコントロールする審判、つまり主審の方が身に着けている時計でしょう。

どちらの競技でも、試合の開始と終了を決める、つまり試合時間の長さを決めるのは主審の笛。そして主審は自分の裁量で、つまりスタジアムの設備時計ではなくて「自分が着けている、使っている時計」で試合時間を管理しています。

ところでこの「試合時間の管理」で重要なのが「ランニングタイム」とも呼ばれる規定の試合時間の計測と、「アディショナルタイム」の計測です。アディショナルタイムとは、主審が計測した「試合が中断した時間」に基づいて、ゲームの前後半それぞれの、規則で定められた試合時間の後に、追加される試合時間のこと。


サッカーのゲームの規則は毎年少しですが変更されています。正式な規則は日本サッカー教会のホームページからPDFの形式でダウンロードできます。(イメージ画像は下記のホームページPDF引用)https://www.jfa.jp/laws/

サッカーやフットサルの試合で「試合が中断した時間」とは具体的には、試合中、ボールがフィールドの外に出たとき、また、選手のケガの治療や選手交代を行っているとき。このとき、試合は中断され、審判はこのときに自分の時計で中断した時間を計測して、この時間を試合時間から除外。あとでアディショナルタイムとして追加するのです。

このアディショナルタイム、以前は「ロスタイム」と呼ばれていました。これは国際的には通用しない、日本だけのローカルな呼び方でした。でも2010年以降は日本国内でも、アディショナルタイムと呼ぶことになりました。

アディショナルタイムは、規定の試合時間が過ぎたあとに1分単位で試合時間にプラスされます。そして、このアディショナルタイムを何分にするかは、すべて主審の裁量に任されています。

アディショナルタイムでは、選手は最後の力を振り絞って、規定試合時間内以上に全力でプレーします。そのため、国の代表チームが出場するワールドカップや、サッカーのチャンピオンズリーグのようなプロの最高峰レベルの試合では、アディショナルタイムで大きく負けていた側が同点に追いついたり、一気に大逆転に成功したり、試合が大きく動くことも珍しくありません。

それだけに、アディショナルタイムの長さは試合の結果を大きく左右します。試合をひっくり返す力のある素晴らしい選手なのだけれど、ケガで短時間しか全力でプレーできない。次の試合のためにできるだけ温存して使いたい。そんな「切り札」の選手をアディショナルタイムにだけ投入する。サッカーではそんな選手起用も珍しくありません。

だから試合している選手たちはもちろんのこと観客、なかでも対戦しているチームのファンは、アディショナルタイムの長さをとても気にします。勝っているチームのファンにとっては、アディショナルタイムは短ければ短いほどいいですし、負けているチームのファンにとっては、できるだけ長い方がうれしいもの。

そしてサッカーの試合では、アディショナルタイムは規定試合時間が終わりに近づくと、主審1人、線審2人に加えてピッチにいるもうひとりの審判、両ベンチの真ん中、センターラインの延長線上に位置する第4審判が、主審の指示を受けてボードで表示することになっています。Jリーグの場合、主審は45分ハーフの43分が経過したあたりでアディショナルタイムを決め、その時間の長さを第4審判に昔はハンドサインで、今は身に付けているマイクを使って声で伝えているそうです。

では、試合時間を管理するサッカーの主審は、実際にどんな時計を使っているのでしょうか。何か審判専用の特別な時計があるのでしょうか。また、どのように規定の試合時間を、また試合を中断した時間(=アディショナルタイム)を計測しているのでしょうか。

YouTubeの「Jリーグ公式チャンネル」の「Jリーグしか知らない世界」というシリーズ企画。その「アディショナルタイムにまつわるヒミツ!? 『審判員から見た時間の世界』プロフェッショナルレフェリー荒木友輔(後編)」(2021年10月8日公開)という動画の中では、Jリーグの主審で国際主審でもある荒木友輔(あらき・ゆうすけ)氏が「特に審判用として指定された時計はない。タイマーとストップウォッチ、2つの機能があるふつうのデジタルウォッチを使う人が多い」と明かしています。そして、荒木氏自身は左と右、両方の腕にカウントダウンタイマーとストップウォッチの機能を兼ね備えたデジタルウォッチを、着けていると語っています。なお、左がメイン、右は予備だそうです。

では、実際に荒木氏のようなサッカーの主審は、このデジタルウォッチをどのように使って試合時間を管理しているのでしょうか。

まず規定の試合時間(ランニングタイム)は、タイマーモードの「カウントダウンタイマー機能」を使って計測します。サッカーの場合はカウントダウンタイマーを45分に設定して、試合開始と同時にタイマーをスタートさせれば、試合の残り時間が常時表示されます。試合中に主審がときどき腕元の時計を見ているのは、この画面をチェックしているのでしょう。


残り試合時間の計測に使う、デジタルウォッチのカウントダイマーモード。画面右下のスタートボタンを押すと、残り時間を示す数字がどんどん減っていきます。

そしてアディショナルタイムは、画面をストップウォッチのモードに切り替えて「ストップウォッチ機能」を使って計測します。試合が中断/再開されるたびに、スタート&ストップボタンを操作すれば、試合時間の途中で「ぜんぶで何分何秒、試合が中断していたか」が計測できます。なお、カウントダウンタイマーはモードに切り替えてもそのまま動き続けているので、またモードをタイマーに戻せば、残りの試合時間の表示に戻ることができます。

カウントダウンタイマーにした画面で試合時間が残り2,3分前になったことがわかると、主審は時計をストップウォッチのモードにして、試合を中断した時間がぜんぶで何分あるかを確認。アディショナルタイムを何分にするかを決めて、第4審判に知らせます。そこで第4審判がボードを使って、アディショナルタイムをピッチに知らせるのです。

なお昔は、アナログやデジタルのストップウォッチを「2本使い」していた主審も居たそうです。1本は試合が始まったら動かしっぱなしにして、もう1本は試合を中断したときには止めて、再開したらまた動かす。この場合、2つの時計の時間差から、アディショナルタイムの基礎になる「試合の中断時間」がわかります。

また、一般の時計店では見かけませんが、スポーツ用品の専門店では、審判用に開発された特別な時計も販売されています。こうした審判用の時計には、カウントダウンタイマーに40分や45分などの試合時間があらかじめプリセットされています。こうした審判用ウォッチの中には、試合の残り時間を知らせるカウントダウンタイマーの数字と、ストップウォッチ機能を使って測った中断時間の数字を、ひとつの画面で同時に表示させることができるものもあります。ご興味のある方は、スポーツ専門店でこんな審判用の時計を探してみてはどうでしょう。