もっと知りたい時計の話 Vol.32

さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。

いまの機械式時計はほとんどが「自動巻き」。つまり腕に着けているだけで時計を動かすエネルギー源、ムーブメントの香箱の中に組み込まれた「主ぜんまい」を自動的に巻き上げる「自動巻き機構」が搭載されています。

「手巻き」の場合は、ケースの右側、3時位置にある竜頭(リュウズ)を使って2〜3日ごとに、指でリュウズを回すという手作業で香箱の中の「主ぜんまい」を巻き上げて、時計を動かすエネルギーをチャージする必要があります。

でも自動巻きなら腕に着けているだけで、時計を動かすエネルギーが自動的にチャージされ(蓄えられ)、止まらずに動き続けてくれます。使い続けていれば、時計が止まる(=時間がわからなくなる)心配がない。手巻きにはない「使いやすさ」を実現してくれる、とても便利なメカニズムです。

また、ほとんどの機械式時計が自動巻きなのでほとんど語られることはありませんが、一般的に自動巻きは手巻きよりも、「時計が止まる」心配が少ないことに加えて、精度が高い(=進み遅れが少ない)と言えます。

なぜ自動巻きの方が、手巻きより精度が高いのか。それは、機械式時計の精度を決める心臓部、時を刻む「脱進調速機」という機構に供給されるエネルギーが、自動的にチャージされる自動巻きの方が安定しているからです。

機械式時計の脱進調速機の中では「てんぷ」と呼ばれる円型の振り子が、主ぜんまいから歯車を介して伝えられたエネルギーで、右に左に高速で振動(往復運動)しています。このとき、主ぜんまいの巻き上げ量が減って、歯車の輪列を経由してこの振り子が受け取るエネルギーも減ると、この振り子(てんぷ)が左右に振動する幅(振り角)が小さくなってしまいます。

振り子は、その長さが変わらなければ、振動する幅が変わっても、往復にかかる時間(周期)は同じです。だから、振り角が小さくなっても、精度に問題は起こらないはずです。ところがこのとき、別の問題が起きてしまいます。

振り子の周期が変わらないのに「振り角が小さくなる=振り子の動く距離が減る」ということは、それだけ振り子(てんぷ)の動くスピードが遅くなるということ。物理で習った「慣性の法則」で、物体の動きはスピードが速くなるほど安定します。遅くなる、つまり振り角が小さいと、外から衝撃を受けたとき、振り子の周期が乱れて、精度が劣化してしまいます。

そのため、時計師たちは今から懐中時計の時代からこの開発に取り組んできました。そして、腕時計のために開発され、定番になったのが、重い金属製の回転するローター(回転錘)が、重力で下に落ちる力を利用して主ゼンマイを巻き上げる、回転ローター式の自動巻き機構です。

腕を動かしたとき、ケースの中に組み込まれたローターは、地球の重力で引っ張られます。そしてローターの中心にある軸に沿って回転します。この回転する力を使って歯車を回し、主ぜんまいを巻き上げるのです。

そしてローターの慣性モーメントが高い=同じ体積のローターなら重い方が強い力で地球に引かれるので、ローターの回転エネルギーも大きくなり、巻き上げ効率も高くなります。そこで高級モデルに搭載されるムーブメントのローターには、比重の大きな金(22金)が多く使われます。


22Kゴールド製の自動巻きローターを搭載するヴァシュロン・コンスタンタンのムーブメント「キャリバー6420 QCL/1」。ブランドのシンボルマークである「マルタ十字」があしらわれている。

この方式の自動巻き機構が最初に実用化されたのは、今から100年ほど前の1924年。手巻きムーブメントの上に、時分秒針と同じようにムーブメントの中央にこのローターなどの自動巻き機構を載せる(重ねる)構造の「センターローター式」が一般的です。ただこの構造にすると自動巻き機構の分だけ、ケースがどうしても厚くなってしまいます。

そこで薄型の自動巻き時計では、ローターを小さくしてムーブメントの中に埋め込む「マイクロ(小型)ローター式」や、ローターがムーブメントの上ではなく外周部を回るように配置した「ペリフェラル(周辺、外周)ローター式」も採用されています。


トゥールビヨンなどの複雑モデルでは、複雑機構を見やすく、またムーブメントの厚さを抑えるためにマイクロローター式やペリフェラルローター式の自動巻き機構が採用されることが多い。写真はヴァシュロン・コンスタンタンの「トラディショナル・トゥールビヨン」に搭載されているペリフェラルローター式の自動巻きムーブメント「キャリバー2160/1」。トゥールビヨン機構を搭載しながらムーブメントの厚さはわずか5.65㎜しかない。

このローターの回転力を、できるだけ効率良く活用する。効率良く主ぜんまいを巻くためにはどうすればいいのか。時計ブランド各社は、この問題のベストな答えを出すために、今もさまざまな研究&開発を行っています。でもこの話は、なかなか奥が深いので、また別の回でお伝えしたいと思います。