もっと知りたい時計の話 Vol.30

さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。

男性用はもちろん、いまは女性用でもほとんどの時計に秒針が付いています。でも20世紀の半ばまで、秒針は特別な時計にしか付いていませんでした。今回は、この「秒針」の話です。

あなたは、時計の秒針を気にする方ですか? そもそも秒針はいつごろから時計に装備されるようになったのでしょうか?

世界で最初に「秒針が付いた時計」として歴史的に確認されているのは、15世紀にドイツで製作された置き時計。ただ当時は振り子とひげゼンマイが発明される前。そのため、秒針に機能的な意味はありませんでした。ちゃんと時計が時を刻んでいることを示す、作動インジケーターのようなものだったといえます。

秒針が「秒単位まで正確な時刻を示す」その本来の役割を果たせるようになるには、それから約200年もの時間が必要でした。17世紀、クリスチャン・ホイヘンスがテンプという丸い「振り子」とひげゼンマイで構成される環形脱進機を発明します。この結果、時計の精度は格段に向上しました。時間の精度がいよいよ「秒レベル」になったのです。そこで時計師たちは、機械式時計の歯車輪列の中に「4番車」と呼ばれる、1分間で1回転する歯車を追加します。こうしてやっと「秒単位まで時刻がわかる時計」時代が到来しました。


この時計のムーブメント「キャリバーL891.5」は、写真左上の金色のテンプの内側に、最新技術であるシリコン製のひげぜんまいを使った最新仕様。

※いまの時計に使われている環形脱進機は「クラブトゥース・レバー脱進機」あるいは「スイス・レバー式」と呼ばれるもの。1765年ごろにイギリスの時計師トーマス・マッジが開発したものが原型になっています。

とはいえ、秒針が時計に本格的に装備されるのは18世紀になってから。それも特別な時計だけでした。秒針は航海用のマリンクロノメーターや、経過時間を計測するクロノグラフ、科学者が調査や実験に使う精密な懐中時計などにしか付いていませんでした。

それはなぜでしょうか。17世紀以降、時計に秒針を付けることは技術的に特に難しくはなかったと技術史家は指摘しています。秒針が時計に装備されなかった最大の理由は、技術的なものではなく経済的、文化的な理由でした。

18世紀はヨーロッパ各国の間で植民地戦争が、そして第一次産業革命が始まった時代。各国の海軍はいち早く秒針付きの時計、現代の水準から考えても驚くほど精度の高いマリンクロノメーターを導入します。なぜなら、戦争の勝利の前提である安全な航海には「秒まで正確な時計」が絶対に必要だったからです。そして第二次産業革命が始まった19世紀、鉄道が誕生します。そしてその運行に携るひとたちが、「秒まで正確な時刻表示ができる時計」を使い始めます。それはやはり、運行の安全確保に必要不可欠だったからでした。

しかし、それは社会のごく一部の人たちでした。20世紀以前のふつうの人の生活は、いまのように「時間に追われる」ものではありませんでした。当時の人びとの時間の感覚は、いまよりもはるかにゆったり、ゆっくり、のんびりしたもの。歴史の本、昔の小説やエッセイを読むと、当時のひとたちは、いまよりもずっと時間に対しておおらかでした。ふつうの人が「秒まで時刻を意識する」必要はほぼなかったのです。

秒針の付いた腕時計が登場したのは20世紀初頭。こうした時計は“ドクターズ・ウォッチ”とも呼ばれたりもしました。これはお医者さんが、自分の時計の秒針を使って患者の脈を測っていたからです。そもそも当時は懐中時計がまだ主流の時代。腕時計はとても高価で、お医者さんでなければ持つことができない、今の高級時計以上の“ステイタスシンボル”でした。

そしてこの“ドクターズ・ウォッチ”の秒針は時分針と同軸で文字盤の中央にある「センターセコンド(センター秒針)」タイプではなく、時分針から独立した小さなインダイヤルに1本の針が付いた「小秒針(スモールセコンド)」タイプでした。これは技術的な理由から。秒針が現在のようなセンターセコンドタイプが主流になったのは1950年代半ば以降。技術の進化の結果です。

ではなぜ1950年代以降、時計の秒針がスモールセコンドタイプから、センターセコンドタイプに変わったのでしょうか。

その背景には、実は時計の精度競争がありました。時計の高精度をアピールするには、スモールセコンドタイプよりセンターセコンドタイプの方がいい。センターセコンドタイプの秒針はスモールセコンドタイプよりずっと大きく、動きもダイナミック。だから、着けた人は、秒単位の時間、時計の秒単位の正確さを意識せずにはいられません。

当時のセンターセコンドタイプの時計は、リュウズを引いても秒針が止まらないものがほとんどでした。リュウズを引くと秒針が止まって、秒まで時刻合わせができるのが秒針停止機能、ハック機能とも呼ばれるこの機構が当たり前になったのは、1960年代後半になってからです。

秒針がないよりある方が正確で、正確な時刻が見やすい方が、時計として優れているのはもちろんです。でも、時間を秒単位までいつも意識することは、本当に生活に必要でしょうか。また良いことでしょうか。

いまわたしたちは仕事でもプライベートでも「1秒でも早く効率良く」ものごとを進めることを求められています。そんな感覚が無意識に、当たり前になっているのです。そのため、時間に関してわたしたちが感じるストレスは、昔よりも確実に増えています。わたしたちは昔より「時間に追われて」いるのです。それは決して幸福なことではないと思います。

もちろん「時間をしっかり守ること」「時間を効率良く活用すること」はとても大切です。でも「秒まで時間を意識する」のは、本当に必要なときだけで十分ではないでしょうか。

そんないまこそ注目したいのが、センターセコンドタイプよりもクラシックなテイストで、“秒針の存在感が控えめ”なスモールセコンドタイプの腕時計。たとえば週末は、そんな時計をあえて選んで着けて、昔のひとのように「おおらかでゆったり、のんびりとした時間」を過ごしてみてはどうでしょう。