もっと知りたい時計の話Vol.25
さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。
「パワーリザーブ(Power Reserve)」という言葉をみなさんはご存知でしょうか? 普通の方にはあまりなじみのない時計用語かもしれませんね。ただ、機械式時計をお持ちの方の中には、この数字をカタログのスペックとして覚えている方もいらっしゃると思います。
腕時計の「パワーリザーブ」は、ぜんまいを動力源にする機械式時計と、機械式時計を基本構造とするセイコー独自のスプリングドライブ・ムーブメントにだけ表記されるスペックで、「約〇〇時間」と表記されます。そしてこの数字は、機械式時計の動力源である主ぜんまいがフルに巻き上げられた状態で、机の上に放置するなど、さらに主ぜんまいが巻かれることがない状態で、時計が何時間動き続けるか、それを示す数字です。
2000年ごろまでの腕時計では、このパワーリザーブは、約38時間から約48時間、つまり1日半から2日間くらいが標準でした。ところが2000年以降、腕時計のパワーリザーブは約48時間(約2日間)、約72時間(約3日間)が標準になってきました。また、約100時間(約5日間)や約192時間(約8日間)。なかには約240時間(約10日間)というロング(パワー)リザーブモデルも少なくありません。
「グランドセイコー SLGH009」に搭載されるデュアルインパルス脱進機とツインバレルを採用した、機械式ムーブメント「キャリバー9SA5」。約72時間(約3日間)を超える約80時間のパワーリザーブを実現。
パワーリザーブの長さは、時計の機械式ムーブメントの中に組み込まれた主ぜんまいの長さで決まります。たとえば、パワーリザーブ約4日間のモデルの主ぜんまいは、パワーリザーブ約2日間のモデルの2倍の長さがあると考えていいでしょう。 手巻きモデルでは、時計を動かすためには手でリュウズを回して主ゼンマイを巻かなければならないため、このパワーリザーブの長さが使いやすさを大きく左右します。パワーリザーブが長ければそれだけ主ぜんまいを巻く回数だけでなく、他にも手間がかかるからです。
時計は一度止まってしまうと、ぜんまいを巻くだけでなく、再び使うためには必ず「時刻合わせ」も必要です。リュウズを使って時計の時刻を合わせなければなりません。朝などの忙しいとき、この作業はなかなか面倒なものです。
そのため、手巻きモデルのパワーリザーブは自動巻きモデルよりも長いことが普通です。そして、主ぜんまいのパワーがいまどのくらい残っているかを表示する「パワーリザーブインジケーター」を装備したモデルも少なくありません。
プラチナケースを採用した世界限定50本(国内25本)限定、スプリングドライブの手巻きモデル「グランドセイコー SBGZ009」のケースバック。搭載されるのは約84時間パワーリザーブのスプリングドライブの手巻きムーブメント「キャリバー9R02」。
さらに、世界には何と約744時間、つまり約31日=約1カ月のパワーリザーブを実現したモデルも存在します。ただこうしたモデルの場合は、主ぜんまいのパワーが強すぎるため、その巻き上げは特別なワインダー(巻き上げ装置)を使って行います。
一方、自動巻きモデルには、ユーザーがリュウズを使って「手巻きもできる」モデルと「手巻きができない」モデルがあり、「手巻きもできる」モデルには「手巻き付き」とスペックに書いてあります。 では、機械式時計の購入を考えるとき、この「約〇〇時間」というパワーリザーブの数字を、私たちはどう考えたら良いのでしょうか? それは、手巻きモデルか自動巻きモデルかで、変わります。
手巻きモデルは、先に述べたように、主ぜんまいを必ずリュウズを使って定期的に巻かなければならない時計です。そして、もし巻くのを忘れると止まってしまうので、パワーリザーブは「長ければ長いほど良い」でしょう。
一方、自動巻きモデルの場合は、パワーリザーブは「長ければ長いほど良い」という原則は変わりません。ただ、腕に着けている限り主ぜんまいが自動的に巻かれるので、手巻きモデルほどその長さを重視する必要はありません。
自動巻きモデルの場合は、「あなたがその時計をどのように使うか」を考えて評価・判断することが大切です。
もしあなたがその時計をいつでもずっと、つまりウイークデイも週末も常に腕に着けたままにしている。そんな使い方をする予定なら、パワーリザーブの長さをあまり気にしなくていいでしょう。
そんな使い方とは真逆ですが、あなたが日々違った時計を楽しむ、つまり好きな時にだけ使う。そんな使い方をする予定なら、こちらもパワーリザーブの長さをあまり気にしなくていいと思います。ただこの場合は、自動巻きでも「手巻き付き」のモデルがオススメです。
また、あなたがその時計を仕事のときだけ使う。つまり月曜日の朝から金曜日の夜まで、毎日使っていて、週末は別の時計を使う。そんな使い方をされるなら、パワーリザーブはぜひ約72時間(=約3日間)以上のものを選ぶことをおすすめします。
なぜなら、パワーリザーブが約48時間(=約2日間)程度の時計だと、週末の金曜日の夕方から夜に腕から外して、月曜日の朝までそのまま置いておくという使い方をすると、日曜日の夜に止まってしまって、月曜日の朝には時刻がわからない、という事態が起きてしまうからです。
最初にお伝えしたように2000年以降、多くの機械式時計のパワーリザーブが、それまでの約38〜48時間(約1.5〜2日間)から、その1.5倍の約72時間(約3日間)に伸びた。その大きな理由のひとつが、この「週明けに止まってしまう」問題の解決でした。
機械式時計を購入される場合には、このパワーリザーブの数字を確認して、その時計を自分がどのように使うかを考えて選んでください。
実はパワーリザーブの数字は、主ゼンマイが巻き上げられない状態での「時計の使える限界時間(持続時間)」を表す以外にもうひとつ、時計の精度にも関わるものなのですが、それはまた別の機会にお伝えしたいと思います。