もっと知りたい時計の話Vol.24

さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。

日本の時計の中には、海外にはない特別な装飾技法を文字盤に使ったモデルがあります。それが「螺鈿(らでん)細工文字盤」。この文字盤を使った高級時計が製作・販売されているのは「日本だけ」です。

「螺」は一字の訓読みでは「つぶ」「にし」「にな」「ほらがい」と読みます。こうした巻き貝を意味する漢字ですし、「鈿」も、一字の訓読みでは「かんざし」と読み、金や貝をはめ込んだ「かんざし」や「かねかざり」を意味する漢字です。どちらも常用漢字外の難しい字です。そのような語意を持つ螺鈿細工を使った製品は職人の手作りのため高価です。現代の生活では螺鈿細工を使った製品を日常で見かけることはほとんどありません。


「螺鈿」とは、貝のかけらと漆芸から生まれる伝統的な装飾細工です。簡単に説明すれば、小さく細かく切った、貝のかけらを、まだ乾く前の漆の表面にピンセットなどでひとつひとつ丁寧に、モザイク画の手法で下絵などに沿って貼り付けて、さらに金粉などの金属粉も使い、さまざまな模様を描く技法です。

その歴史は古く、紀元前1000年頃、たとえば中国では殷周時代にすでに確立され、日本には奈良時代に唐から伝わりました。奈良・東大寺にある正倉院の収蔵品の中には「螺鈿紫檀琵琶(らでんしたんのびわ)」をはじめ、唐代に中国で製作され皇室に贈られたさまざまな宝物があります。

ところが中国では、13世紀に宋の時代が終わると、螺鈿の技法はなぜか衰退し、日本で独自の発達を遂げて現在に至ります。16世紀の室町時代末から安土桃山時代には「南蛮貿易」で螺鈿細工を使った漆器がヨーロッパに輸出され、王侯貴族に愛されていました。まさに日本を象徴する漆芸のひとつなのです。

螺鈿に使う貝は、Vol.14「貝が作った、神秘的な虹色の輝き」でもご紹介したマザーオブパールやアワビ、アコヤ貝など真珠ができる貝です。貝の内側に形成される「真珠層」という部分を使います。真珠層から作った貝のかけらは、1/1000ミリの厚さの炭酸カルシウムの層が何層も重なってできていて、光が当たるとその層がそれぞれ光を反射します。するとその反射光同士が「干渉」を起こして、光の入る角度、見る角度によってさまざまな色になります。

〈クレドール〉アートピースコレクション 螺鈿ダイヤルモデル(完売品) 

貼り付ける貝のかけらの厚さは0.3〜3ミリほど。漆が接着剤の役目をして、貝のかけらは表面にぴったりと貼り付きます。そして貼り付けが終わったら、今度はその上からいったん漆を塗ってしまいます。次に漆の表面を乾かしてから、今度は水ペーパーや彫刻刀を使って漆の表面を削る「研ぎ出し」という作業を行います。すると漆の下に隠れていた貝が再び姿を現し、再び虹色に輝きます。研ぎ出すことで漆と貝の表面はすき間なくフラットに一体化します。表面を保護するために、この上から透明な塗料を塗る場合もあります。

螺鈿細工で使う漆の色は多くが黒。そのため、まるで夜空に輝く星々の光のように貝のかけらで作った模様が、虹色に煌めきながら浮かび上がるので、螺鈿細工を「宇宙を秘めた工芸」だと言う人もいます。

職人のアイデアとセンス、そして技術でさまざまな文様や絵を描ける螺鈿文字盤は、貝素材の持つ唯一無二の表情を楽しめるマザーオブパール文字盤とも違う魅力のある文字盤。しかも、世界でも日本だけで作られている芸術的な文字盤。この文字盤の作り手として名高いのが、加賀蒔絵の名匠・田村一舟氏です。今回、冒頭でご紹介した文字盤も田村氏の作品です。

まだご覧になったことはないという方は、ぜひ一度、この螺鈿文字盤の美しさに触れてみてはいかがでしょう。