もっと知りたい時計の話 Vol.21

さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。

スイスは広さが約4.1万平方キロメートル、九州とだいたい同じ広さの国。人口は約870万人(2021年)。でも世界の時計市場をリードする、どの国よりも多彩で魅力的な時計が作られている国です。皆さんは、この国で毎春、新しい時計が発表される“時計のお祭り”をご存知でしょうか。今回はこのお祭りとその最新作についてご紹介したいと思います。

スイスが世界No.1の“時計王国”になったのは19世紀後半から20世紀。2つの世界大戦をきっかけに時代は懐中時計から腕時計に移り、スイスの機械式時計は世界をリードする、だれにとっても憧れに存在に。そして1950年代から70年代前半にかけて、スイスには今も語り継がれる名作、傑作が数多く生まれました。日本でもこの頃から現在もスイス時計は、大人ならぜひ手に入れたい憧れの存在です。

しかし、1970年代後半から1980年代にかけては精度が高く価格もお手頃な日本製のクォーツ式腕時計が世界を席巻。スイス時計は「冬の時代」に突入します。数多くの時計メーカーが倒産の危機を迎え、合併や買収が相次ぎます。「スイス時計の時代は終わった」と思った人もいたようです。

でも、スイスの機械式時計は1980年代終わりから劇的な復活を遂げ、世界中で圧倒的な人気を得ています。時を知る道具というよりも、長い歴史が凝縮された“機械の芸術品”、着ける人のセンスやステイタス、ライフスタイルを表現するラグジュアリーなアイテムとして。

そして、この劇的な復活の舞台になったのが、スイスが時計王国へと成長しはじめた20世紀初め、毎年春にスイス第2の商業都市・バーゼルで開催されてきた時計見本市です。


2001年のバーゼルフェアのエントランス。さまざまな時計ブランドが参加し、入場券を入手できれば普通の人も観覧できるフェアでした。この頃から時計ブームが世界中に拡大し、出展ブランドが激増しました。

この見本市は、当初はスイス産業見本市の時計部門として始まりました。しかし2つの世界大戦を経てヨーロッパの時計見本市。さらには日本の時計メーカーも参加する「世界の時計見本市=世界時計祭り」へと大きく発展を遂げて、最終的には「Baselworld(バーゼルワールド、通称バーゼルフェア)という名前になります。時計ブランド各社はこの場で毎年、新作を発表。最盛期には700を超える時計宝飾ブランドがここに出展しました。

さらに1991年からは、この見本市に加えてもうひとつの見本市「高級時計財団(略称FHH)」が主催する、高級時計ブランドのみが出展する「Salon international de la haute horlogerie(フランス語で国際高級時計展。略称S.I.H.H.)」、通称ジュネーブサロンがジュネーブで開催されるようになります。




2001年のS.I.H.H.のエントランス。こちらは高級時計ブランドのみの出展で、時計業界の関係者しか入場できないクローズドなイベントでした。

世界の時計ビジネスは2019年まで、スイスで開催され、各社が新作を発表するこの2つの「時計祭り」を中心に数十年間も展開されてきました。そのため、時計のバイヤーや時計ジャーナリストは毎年3月と1月に開催されるこの2つ見本市で時計ブランドの新作の仕入れや取材を行ってきました。

ところがコロナ禍で2020年から2021年にかけて、この2つの見本市は感染拡大防止のために中止されます。その結果、100年を超える歴史と世界最大規模を誇っていたBaselworldは、長年問題となっていた高額な出展料に加えて、主催社の独善的な運営から、出展する時計ブランドからの信頼を失って消滅。

一方、ジュネーブのフェアはコロナ禍が一段落した2022年3月末から4月に「Salon international de la haute horlogerie」から「WATCHES & WONDERS GENEVA(ウオッチズ&ワンダーズ ジュネーブ。英語で『時計とその素晴らしい世界』という意味)」と改名。バーゼルに出展していたロレックスやパテック フィリップ、ショパールなどの名門もこちらに参加。2つの時計フェアを統合した世界で唯一無二の時計フェアとなり、今年2023年は世界中から前年の約2万2000人の2倍となる約4万3000人が7日間に訪れる大成功を収めました。


バーゼルとジュネーブ、2つあった時計フェアが統合した形で今年2023年にスタートした新しい時計フェア「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ」。3月27日から4月2日まで開催されました。

今年から会期末の2日間、有料ですがバーゼルフェアのように一般客の入場もできるようになりました。また見本市会場に加えて高級時計ブティックが集まるジュネーブ市の中心部で、ブティックも参加した初のシティイベントも開催されました。そして来年もまた、3月末に開催される予定です。


パテック フィリップのブース。周囲にショーケースが設けられていて、新作時計が展示されています。

ジュネーブは、1685年にフランスのルイ14世がプロテスタントの信仰を認めた「ナントの勅令(1598)」を廃止してプロテスタントを迫害したことをきっかけに、フランスから逃れてきた時計師たちの手で、スイスで初めて時計作りが始まった「スイス時計誕生の地」。今、ジュネーブ市はこのフェアを核にジュネーブを「時計の街」として世界にアピールしています。

そして、ジュネーブの名物といえばこの記事の最初にご覧いただいた大噴水。毎秒500リットルの水を高さ140メートルもの高さまで噴出する。現在は国際的な催しがあるとき、昼間だけその姿が楽しめる。さらにこの街には時計好きならぜひ一度は訪ねたい、パテック フィリップが運営する「パテック フィリップ ミュージアム」もあります。時計好きにとってジュネーブはこれから、ぜひ一度は訪ねたい魅力的な都市になることは間違いないでしょう。