もっと知りたい時計の話 Vol.16

さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。

あなたは機械式とクォーツ式、どちらの時計を使っていますか? 機械式をお使いなら、それは自動巻きですか、それとも手巻きですか? 今回は、機械式時計の「手巻きモデル」の魅力についての話です。

機械式時計はクォーツ式のように電気エネルギーで動くのではなく、ムーブメントの香箱の中に収められている「主ぜんまい」という、細くて柔軟性のある鋼をうずまき状に巻いて作られた「ばね」が解(ほど)ける力を動力源にして動きます。

ぜんまいという名前はその姿が、シダ植物の一種で、山菜として食べられる「ぜんまい」の若葉がうずまき状をしていることに由来します。ところが植物のぜんまいは日本や東アジアが原産で、ヨーロッパやアメリカではあまり知られていません。そのため英語ではただの「spring」。そして時計の動力源になるぜんまいは「main spring」と表記されます。「主ぜんまい」という時計用語は、実はこのmain springを翻訳して、日本語化したものなのです。

若い世代では「ぜんまい」がわからない、見たことがないひとがいるかもしれませんね。今の「動くおもちゃ」は、ほとんどがモーターと電池で動きます。ところが、明治時代から昭和30年代、つまり19世紀末から1960年代までは、動くおもちゃの動力源はこのぜんまいがほとんどでした。

主ぜんまいの力で動く機械式時計の弱点。それは、主ぜんまいのエネルギーが長続きしないことです。クォーツ式は電池の中のエネルギーがなくなるまで、数年間は動き続けてくれます。ところが機械式の場合は放置しておくと、数日間で主ぜんまいのエネルギーがなくなり、止まってしまいます。時計を動かすことのできる時間は、少し前の機械式ムーブメントなら約45時間=約2日間、最新の機械式ムーブメントでは約72時間=約3日間です。

機械式時計の誕生以来、時計技術者たちは何百年も、主ぜんまいのこの「エネルギーの限界」をどう克服するか、その解決に頭を悩ませてきました。

そこで考案されたのが、香箱のサイズをできる限り大きくしたり、香箱を2つに増やしたりするなどして、エネルギーを蓄える主ぜんまいの長さを長くすること。そしてもうひとつが、ムーブメントに主ぜんまいが自動的に巻き上がるメカニズム「自動巻き機構」をプラスすることです。

自動巻き機構は、時計の中に組み込んだ「動く錘(おもり)」の位置が、着けている人が動くことで変わる。そのエネルギーを使って、自動的に主ゼンマイを巻き上げる仕組みです。わざわざリュウズを巻かなくても、時計を着けているだけで、主ぜんまいが巻かれる、つまりエネルギーをチャージすることができます。


VACHERON CONSTANTIN OVERSEAS AUTOMATIC Ref. 4500V/110R-B705 ※オーヴァーシーズ・オートマティック

機能だけを考えれば、「腕に着けていれば止まらない」自動巻きの方が明らかに優れています。しかし、時計ブランドは手巻きモデルを作り続けています。なぜなら手巻き式には、自動巻き式にはない「特別な魅力」があるからです。


「VACHRON CONSTANTIN HISTORIEQUE AMERICAN 1921」に搭載されている手巻きムーブメント「キャリバー 4400 AS」。ジュネーブ・シールを取得。

その魅力のひとつが、特別な風景。具体的には、“機械の小宇宙”と呼ばれるムーブメントを一望できること。自動巻きのムーブメントには特別なものを除いてぜんまいを巻くための「動く錘」、時計用語で回転錘(自動巻きローター)が必ずあります。そのためケースの裏側をシースルーバック(ケースの裏蓋を金属製ではなくガラスなどの透明な裏蓋)にしても、回転錘が邪魔をしてしまい、よく鑑賞することができません。でも手巻きムーブメントなら回転錘がないので、いつでもムーブメント全体を観ることができます。

そのうえムーブメントに回転錘がなくムーブメントの厚さが薄くできる分、自動巻きモデルよりケースもずっと薄くできます。スリムで着け心地が軽快なのも手巻きモデルの魅力です。しかもムーブメントは「観られる」ことを前提にして作られているだけに、その仕上げや磨き、装飾加工にも特別なこだわりが入っていて美しく、自動巻きモデルにはない手巻きモデルの魅力があります。


「VACHRON CONSTANTIN HISTORIEQUE AMERICAN 1921」。ケースサイズは40×40 ㎜、ケース厚は8.06mmに抑えられている。

もうひとつの魅力は、時刻合わせに加えて主ぜんまいを巻き上げる楽しみです。リュウズを通して時計のメカニズムの感触を確かめながらそこに「命を吹き込む」楽しみがある、と時計愛好家は話します。指先に注意を向けていろいろな手巻き時計のリュウズを回して見ると、主ぜんまいを巻くときの感触はひとつひとつ、おどろくほど違うものです。この感触を楽しむことが手巻きモデルはできるのです。

毎日同じ時計をずっと着けているのではなく、服装やシーンや気分に合わせて時計を変える。そう、服や靴のように「毎日、時計を着替えるひと」に、手巻きモデルはぴったりです。

今の自動巻きモデルにはほとんどカレンダーが搭載されているため、主ぜんまいを巻くという時刻を合わせる作業に加えて、カレンダーを合わせる作業が必要になります。でも、手巻きモデルはカレンダーがないものが多く、この作業をせずに済みます。

時計が「時刻を知る道具」であるよりも「着替えて楽しむ」ファッションアイテムになった今、高級時計ブランドは以前よりも手巻きモデルを積極的に開発・発売するようになりました。(その中には、オリジナルモデルにあったカレンダーをあえてなくした復刻モデルもあります)もしあなたが手巻きモデルをお持ちでなければ、ぜひ一度店頭で触れてみてはどうでしょう。これまで体験したことのない「時計の楽しみ」が見つかるかもしれません。