もっと知りたい時計の話 Vol.14
さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。
虹は自然が私たちにプレゼントしてくれる美しいサプライズ。空を横切る虹色のアーチに私たち人類は魅了され続けてきました。そして時計に使われる素材には、この輝きを持つものがいくつかあります。今回は時計の文字盤を華やかに彩るこの虹色の素材の話です。
その素材とはマザーオブパール(真珠の母)。貝が作る天然のバイオミネラル(生体鉱物)素材です。この奇跡の素材を作ってくれるのが、真珠作りにも使われるアコヤガイの一種の真珠母貝、主に白蝶貝や黒蝶貝のことを指します。この貝自体もマザーオブパール(真珠母貝)と呼ばれていますが、その貝殻の内側に形成される「真珠層」。これを貝殻を丸く切り抜いて、この真珠層を薄くカットしたものもマザーオブパールと呼んでいます。
真珠は真珠母貝が貝の内側に入った異物を、炭酸カルシウムを含む分泌液を出して包んで身を守るときにできるもの。養殖真珠はこの仕組みを利用し、わざと異物を真珠母貝に入れることで貝に作らせた炭酸カルシウムの塊。そしてマザーオブパールも同じ炭酸カルシウムでできています。
ところで、マザーオブパールの煌めきのある複雑な虹色は「物質自体の色」ではなく「構造色」と呼ばれるもの。物質は光が当たるとある特定の色の光を反射して、その他の色の光は吸収します。このときに反射する光が「物質の色」になります。ところが構造色は、その物質自体には色がないのに,物質の構造が生み出す色。あの虹色はミクロンサイズの炭酸カルシウムの6角型の板が何層も積み重なっている、その構造から光が複雑に干渉した結果として「見える色」なのです。
ヴァシュロン・コンスタンタン トラディショナル・エクストラフラット・パーペチュアルカレンダー 4305T/000R-B947。ホワイトのマザーオブパール文字盤モデル。
マザーオブパールの原料である白蝶貝や黒蝶貝は、絶滅の恐れがある野生の動植物です。「マザーオブパールの国際取引に関する条約」でその取引が規制され、絶滅から保護されています。また、採取するためには潜水が必要で危険なため、オーストラリアの西オーストラリア州では1910年頃からこの貝の養殖が行われてきました。つまり、マザーオブパールはとても希少で高価な天然素材なのです。
ヨーロッパでは「太陽の如き(=ような)光沢」と讃えられるこの素材は、古代エジプトやメソポタミアや中国の殷・周王朝の頃から現代まで、指輪やネックレスなどのジュエリーやさまざまなモノの装飾に使われてきました。シリアのダマスカスでは当時から今もこの素材を使った装飾品が作られていて、この地域の特産品になっています。
日本には8世紀の奈良時代に中国の唐から「螺鈿(らでん)細工」として持ち込まれ、漆工芸などと融合して独自の発展を遂げ、この技術が衰退した中国に逆輸出されるまで盛んになります。ちなみに螺鈿というのは「貝で装飾する」という意味です。
ヴィクトリア女王が統治していたヴィクトリア朝時代(1837〜1901)、つまりイギリスが世界最強の大国だったこの頃、希少で高価な天然素材のマザーオブパールは服のボタンはもちろん、装飾の素材としてカトラリーから建築までさまざまなアイテムに使われます。ただ第2次世界大戦後、プラスチックの発明でその価値は下がり一時忘れられた存在に。しかし、その後また宝飾に欠かせない希少な素材としてその価値が見直され、今に至っています。
マザーオブパールの他の素材にはない魅力。それは光が当たる角度が変わると変化する神秘的な虹色と独得の素材感。そのうえ、天然素材のために素色や模様がひとつひとつ微妙に違います。この唯一無二の存在感が持つ人の喜びをさらに高めてくれるのです。
超高価なハイジュエリーウォッチでは彫刻加工を施した厚いマザーオブパール文字盤が使われることもありますが、マザーオブパールは素材自体が希少なので、厚さわずか数ミクロン(1ミクロン=1/1000ミリ)の厚さにスライスして使われることがほとんどです。超薄くスライスすると半透明になるので、背景に色を付けることで、虹色に色味を足すこともできます。
今も希少な天然素材ですが、こうした新しい技術の開発で、マザーオブパールは最近ではレディスウォッチに限らずメンズウォッチの文字盤にも、またジュエリーウォッチやドレスウォッチに加えてスポーツウォッチの文字盤に使われることも増えています。
ヴァシュロン・コンスタンタン トラディショナル・エクストラフラット・パーペチュアルカレンダー 4305T/000G-B948
千変万化する虹色で、古代から数千年も人々に愛され続けてきたマザーオブパール。その神秘的な輝きを、あなたも腕時計で楽しんでみては。