もっと知りたい、時計の話 <Vol. 5>

さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。

人を魅了する「永久」「永遠」

人は「永久」「永遠」など、自分たちの一生をはるかに超えてずっと変わらないもの、変わらない現象に憧れます。さらにはこの言葉自体にまで魅了され、ロマンティックな思い入れや情熱を抱くものです。たとえば、エンジニアリングの世界では「永久機関」。恋愛の世界では「永遠の愛」。どんな時代でもどんなジャンルでも、この言葉は常に人間の創作活動のテーマになっています。

そして時計の世界にも、そんなロマンティックな思い入れ、情熱から生まれた特別なメカニズムがあります。機械式時計の3大複雑機構のひとつの「パーペチュアル(永久)カレンダー」という機構です。

腕時計のカレンダー機構にはさまざまなタイプがあります。デイト(日付)。デイデイト(日付と曜日)。別名トリプルカレンダーとも呼ばれるフルカレンダー(日付と曜日と月)。この3つのカレンダー機構は、毎月、月末か月初にリュウズを回して修正が必要です。

なぜなら、現在使われているカレンダー(=暦)、1582年にローマ教皇グレゴリウス13世が制定したグレゴリウス暦、そのルーツであり紀元前45年に共和政ローマの政務官ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)が制定したユリウス暦には「大の月」と「小の月」がある、つまり月の日数が一定ではないからです。

そしてこの問題を乗り越えようという有名無名の時計師たち。数百年に及ぶ彼らの飽くなき情熱と努力から生まれた究極のカレンダー機構が永久カレンダーです。年に1度の「うるう年」の問題を乗り越えて、時計が動き続けている限り、世紀が代わる100年の節目を迎えるまでは修正する必要がない。正確には「永久」ではありませんが、多くの人の一生が100年に満たないことを考えれば「永久」と呼んでも良いでしょう。


1884年にヴァシュロン・コンスタンタンが製造した永久カレンダー&ムーンフェイズ機構を搭載したダブルフェイス懐中時計Ref.Inv.10155

なお、グレゴリオ暦には2つの例外ルールがあります。それは、「西暦年が100で割り切れる年は平年とする」「西暦年が400で割り切れる年を閏年とする」というものです。つまり400年に3度だけ「うるう年」を省略することになっています。そしてこの問題を解決した永久カレンダー機構が、「独立時計師協会(AHCI)」の創設メンバーのひとりである、ジュネーブの独立時計師スヴェン・アンデルセンが2005年に開発した「セキュラ−・パーペチュアル・カレンダー」です。

また、永久カレンダーの簡略版としては、1996年にパテック フィリップが特許を取得した、年に1度、3月1日だけのカレンダー修正で済むアニュアルカレンダーや、「うるう年」の4年に1度(1461日)だけのカレンダー修正で済むセミ・パーペチュアルカレンダーがあります。


暦は「宇宙の法則」

 永久カレンダー機構は「一定の規則性があるけれど、例外もある」矛盾をはらんだグレゴリオ暦という「やっかいで複雑な世界の法則」を、歯車やカムやバネを使って忠実に再現したものです。

今ではコンピュータに代表されるLSI(大規模集積回路)を使った電子デバイス、つまりクォーツウォッチなら、この規則は回路の中にプログラムとして書き込むだけで再現できます。時計師たちはこのプログラムを、知恵を絞ってアナログな機械で実現したわけで、その叡智と工夫には脱帽します。

ところで、そもそもカレンダー(暦)とは、時間とは何でしょうか。そして、時計師たちはなぜ「矛盾をはらんだグレゴリオ暦を時計の中に組み込む」ことに情熱を傾けたのでしょうか? そして私たちはなぜ時計に惹かれるのでしょうか。

それは暦や時間がこの宇宙の、この世界を動かす根本的な「宇宙の法則」であり、時計はそれを人間の叡智で再現した機械だからです。


キリスト教の教会やイスラム教のモスクで生まれた時計は、自分たちが掴んだこの「宇宙の法則」を理解して自分たちの手で再現したい。そうすることでもっと神に近づきたい。そして自分たちが、その叡智を持つ存在であることを証明したいという彼らの情熱と叡智から生まれました。

機械式時計はヨーロッパ文明が生み出したもの、と思われていますが、実はイスラム文明や中国文明にも、時計という機械はありました。

この情熱と叡智は何世紀もの長い時間を経て「科学技術」となって、科学者や時計師たちの手で純粋に技術として発展を続けます。そして、100年間もその法則を再現してくれる永久カレンダー腕時計や、さらにその先にある天文表示機構付きの腕時計は、この情熱から生まれた「宇宙の法則を徹底的に再現した究極の機械」なのです。

だから時計の魅力に目覚めた時計愛好家はみな、永久カレンダー機構付きの腕時計に惹かれるのでしょう。