もっと知りたい時計の話 Vol.103
さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史、時計が測る時間、この世界の時間などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。
天然石を文字盤に使った時計には、金属から作られた文字盤を使ったふつうの時計にはないロマンと独自の美しさが宿っています。今年2026年はさまざまなブランドからこのタイプの新作時計が登場しました。今回はその奥深い魅力や歴史についての話です。
天然石を使った時計のいちばんの魅力は、何と言っても素材に由来する「希少性」にあります。天然石は何千万年、あるいは何億年という途方もない時間をかけて地球の奥深くで育まれた、人類の手では決して再現できない希少な自然の芸術品です。深い青に白い斑点が混ざり合うソーダライト。孔雀の羽のような美しいグラデーションを描くマラカイト。大理石のような網目模様を持つマグネサイト。光の角度で黄金色の縞模様が妖艶に揺らめくタイガーアイ。緻密な結晶構造を持ち、深みのある独特の緑色とトロリとした上品な質感で東洋の人々を魅了してきたジェイド(翡翠)。満天の星空のようにロイヤルブルーの中に金色が煌めくラピスラズリ。それぞれの石が独自の表情を持っています。
しかも、たとえ同じ原石から切り出したとしても、石をカットする位置で現れる模様や色合いは劇的に変化します。ですから同じ製品でもその顔はひとつひとつすべて違います。金属製の文字盤の均一化された美しさとは対極にある、自然が偶然に生み出した奇跡の模様をそのまま身に着けられる。アーティストが作った文字盤とも違うこの「唯一性」が、天然石を文字盤に使った時計の贅沢さです。
時計の文字盤に天然石を用いる試みは、今に始まったことではありません。実は19世紀の懐中時計の時代から、王侯貴族や富豪のための最高級品として、エナメル(七宝)とともに天然石を使った美しい時計が作られてきました。
ただ天然石の文字盤は「とても壊れやすい」という致命的な問題を抱えていました。文字盤として使うには、厚さをわずか0.5ミリ前後にまで薄く削り出す必要があります。しかし天然石は薄くすればするほど、わずかな振動や衝撃、あるいは組み立て時に加わったわずかな力でもパキリと簡単に割れてしまいます。そのため、ごく一部の特注品や超高級ドレスウォッチにしか使われないものでした。
文字盤によく使われる天然石。左からアメジスト(紫水晶)、翡翠(ひすい)、ラピスラズリ。割れないように適切な角度でスライスする必要があります。
でも、長く時計師たちを悩ませてきたこの「壊れやすさ」という問題は、最新の素材加工技術で解決されました。最先端のダイヤモンドカッターやレーザー加工機は、石の内部にある微細なひび割れ(クラック)を避けながら限界まで薄く精密にスライスすることができます。
さらにカットした天然石に、金属や高強度のカーボン、極薄のガラスなどのベースをしっかり貼り付けることができるようになりました。天然石特有の美しい質感や透明感を完璧に維持したまま十分な実用強度を確保できるようになったのです。
天然石の時計はどれも「世界でたったひとつしか存在しない時計」です。どれほど大量生産のモデルでも、文字盤の模様だけは世界中のどこにも同じものはありません。他人と被る心配はありません。街中でふと袖口から時計が現れたとき。オフィスやカフェの光の下で腕を少し傾けたとき。天然石の文字盤は、いつでも美しく多彩な輝きや表情を見せてオーナーを楽しませてくれます。
これまで天然石の時計を発売してきたのは超高級ブランドに限られていました。最高級の原石を使って作られるこうした時計は現在でも、どれも数100万円はする非常に高価なものです。でも嬉しいことにこの常識は変わりました。新進のマイクロブランド(独立系時計ブランド)や、数万円から数十万円の時計を主に生産しているウォッチブランドが天然石の時計を次々と発表しています。本物の天然石が持つ高級感とロマンを、誰もが気軽に楽しめる時代がやってきたのです。

アメリカを代表する時計ブランド「ブローバ」がこの10月から発売(予定)する。翡翠を文字盤に使った時計「スーパーセビーユ」。10数万円という翡翠文字盤では驚きの価格です。
ここまでお読み頂いて「天然石の時計はいいな」と思ったら、ぜひ時計店に足を運んで実物に触れ、じっくりと眺めてみてください。ネット上の画像や紙のカタログではわからない、天然石にしかないその特別な美しさにきっと驚かれるでしょう。