もっと知りたい時計の話 Vol.101

さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史、時計が測る時間、この世界の時間などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。

時計の針はなぜ右回りなのか? みなさんはその理由を考えたことがありますか? 今回は、時計と人の「回る方向の違い」についての話です。

時計の針はなぜ「右回り」なのでしょうか? 人間は右利きの人が多いから? 人間の脳は右脳と左脳で機能が違い、それが理由で「右回り」になったのでは…。いろいろな説明が思い浮かびますよね。その理由は昔から議論され、研究されてきました。

そして現在では、「機械式時計の針が右回りなのは、北半球での『日時計の影の動き』を再現したからだ」というのが定説になっています。

人間が最初に発明した時計は日時計で、古代文明が栄えたエジプトやメソポタミア、ヨーロッパなど北半球の文明圏で広く使われていました。北半球で空を眺めていると、太陽は「東 → 南 → 西」という軌道を描いて動きます。このとき、日時計で針の役割を棒の影は、太陽とは逆方向に「西(左)→ 北(上)→ 東(右)」へと動きます。この影の動く方向が、私たちが現在「右回り(時計回り)」と呼んでいる回転の起源で、時計の針が「右回り」になった理由だとされています。

機械式時計が発明されたのは、13世紀から14世紀のヨーロッパ。このとき、時計職人たちは人々が見慣れていた日時計の影の動きに合わせて、時計の針を右回りに回転させることにしたのです。その結果「右回り」が時計の針の動きの「標準」になったというわけです。

もし古代文明が北半球ではなく南半球で先に栄えていたら、北半球よりも南半球で先に機械式時計が開発されていたら、時計はどちら回りになっていたでしょうか。南半球では日時計の影は北半球とは逆の「左回り(反時計回り)」に動きます。そのため、南半球の人々の手で機械式時計が開発されていたら、その時計の針は「左回り」になっていたでしょう。右回りになったのは、北半球で古代文明が栄えたから。つまり偶然の出来事だったようです。

実は今も昔も、世界には左回りの時計がいくつも存在しています。たとえばイタリアのフィレンツェ大聖堂(サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂)の内壁には、日没を1日の終わりであり始まり(24時)としている「イタリア時間(ora italica)」の定義に従って1443年にパオロ・ウッチェロが描いた24時間制の反時計回り時計がありますし、ドイツの聖パウルス大聖堂(ミュンスター大聖堂)にある1540年代の天文時計は、24時間表示の文字盤で時針が反時計回りに回転します。これは当時の地動説以前の天文学や、当時のカトリックの宇宙秩序を再現する目的で作られたとされています。また現代の腕時計にも「針や時刻表示がすべて左回り(反時計回り)で作られた時計」や、「秒針だけが左回りに回る」腕時計があります。


2024年にフランス・パリで誕生したマイクロメゾンブランド「ALTO」(日本未輸入)。最初の製品「FIRST EDITION」は、秒針が通常の右回りでなく左回りなのが特長です。

では、時計を使っている私たち人間にとって「左回り」と「右回り」は、どちらが「自然で違和感がない」方向なのでしょうか? ネジやボルトは基本的に「右回り」であることや、「左利きよりも右利きの人が圧倒的に多い(世界で約90%の人が右利き、約10%の人が左利き)」ことを考えると、何となくですが「右回り」の方が自然で得意なように思えます。そう考えている人が多いようです。

ところが、陸上競技のトラックはすべて「左回り」です。これは国際陸上競技連盟(現・ワールドアスレティックス)が定めた統一ルールで、陸上のトラック競技はすべて左回りで行われています。この統一ルールができたのは1913年。1896年に行われた近代オリンピックの元相「第1回アテネ大会」でトラック競技を右回りで競技を行ったところ選手から「不自然で走りにくい」という意見が続出したこと。右回りにするとタイムが遅くなる(400m走の場合、2秒以上タイムが遅くなる)こと。こうした理由から、トラック競技はすべて左回りで行われています。


オリンピックはもちろん、陸上のトラック競技はすべて「左回り」でレースをします。

最近、2026年の6月10日に、国際的科学誌『ネイチャー・コミュニケーションズ』のオンライン版で、スペインのナバラ大学、日本の東京大学、早稲田大学などが参加する国際研究チームが、「個人の歩行バイアスが歩行者群集の反時計回り運動を推進する」というタイトルの論文で、この問題に関する面白い研究結果を発表しました。新聞記事でも紹介されましたから、ご存知に方もいらっしゃるかもしれません。

研究チームは、障害物や特定の視覚的目印のない広い実験エリアを用意して、いろいろな人に「特定の目的地や制限時間を定めず、自由に歩き回ってください」とお願いして自由に行動してもらい、人ひとりひとりの動きを精密に記録して分析しました。すると、常に反時計回りに動く人の割合が圧倒的に多い、という結果が出ました。右利き左利きのような身体的な要素、国籍や居住地などの文化的な要素、また年齢、「ひとりか集団か」かに関係なく、多くの人が意識しないと「左回りで行動」したそうです。

つまり人は「左回りが自然な行動」のようです。ただ、その理由はまだわかっていません。今後は医学などさまざまな学問を駆使して、この理由の解明に取り組む研究が行われることになるでしょう。「なぜ人は左回り」なのでしょうか。早くその理由を知りたいものですね。