もっと知りたい時計の話 Vol.93

さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史、時計が測る時間、この世界の時間などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。

皆さんは電車やバスでお出かけするとき、目的地までの交通手段をどのように調べますか。「Googleマップ」やAppleの「マップ」、Yahoo Japanの「乗換案内」など、スマートフォンのナビゲーションアプリを使う方がほとんどですよね。

こうしたアプリを使えば、いろいろな公共交通機関を複雑に乗り継ぐ場合でも、目的地まで何時のどの列車やバスに乗ればいいのか。どの駅で乗り換えて次はどの路線のどんな列車やバスに乗ればいいのか。さらに駅から最終目的地までは、どんな交通手段を使えばいいのか。そのとき運賃はいくらかかるのか。いくつもの移動プランを提案してくれます。


日本国内はもちろん、海外の公共交通機関の検索や乗換案内がいつでもできます。

でも今から20〜30年前の1990年代にこんなアプリはありません。当時は鉄道やバスを使って効率良く移動するには紙の時刻表が絶対に必要でした。路線ごとに時刻表を見て、出発時間に乗る列車やバスを調べて確認し、乗り継ぎ時間も考慮して、移動の計画を自分で考える必要がありました。時刻表がきちんと使える。これは社会人なら身に付けたい大事なスキルだったのです。

日本の鉄道会社が紙の時刻表に加えて、そのデータをPDFファイルやテキストファイルで自社の公式ウエブに掲載し始めたのは1990年代半ばになってから。当時はただ紙と同じ情報が掲載されていただけ。時刻を指定しての検索もできなかったのです。

ただ当時から「出発地→目的地」を入力すれば列車の検索や乗換案内ができる、所要時間や運賃を自動で計算してくれるパソコンソフトはありました。でも使うにはパソコンが必要でしたしソフト自体も高価で、しかもダイヤが変わるたびにデータを買い直す必要がありました。こうした機能がインターネットにウエブブラウザを使ってアクセスすれば無料で使えるようになったのは、インターネットが本格的に普及した2000年代前半になってからです。

ところで、今ではだれでも当たり前にスマートフォンで毎日使っているこの“公共交通機関のオンライン経路検索&乗換案内サービス”はどんな人たちがどんなきっかけで、どのように開発したのでしょうか。

それは今から約20年前の2005年、アメリカのシアトルとサンフランシスコの間にあるポートランド市交通局(TriMet)のITマネージャーだったビビアナ・マキューさんの個人的な体験がきっかけでした。

2012年に出版されたオープンなビッグデータ利用の可能性をテーマにした『Beyond Transparency(透明性を超えて)』という本の中で、このサービスの開発者のひとりであるマキューさんは、旅行中に公共交通機関のルートを調べようとしたとき、簡単にはできないことに気付いたのが、そのきっかけだったと書いています。

「当時は目的地に行こうとするとき、人気のオンライン地図サービス(Googleマップなど)から車のルート案内を取得する方が、公共交通機関の時刻表を調べて行くよりはるかに簡単でした。これでは公共交通機関よりも車の利用を促していることになる。公共交通機関で働く公務員としてこれは問題だと思いました」(同書より※原文は英語)


ポートランド市交通局の公式ホームページ。Googleマップと同じように、ここからもトラム(路面電車)やバスなどの時刻の検索や乗換案内が行えます。

彼女がITマネージャーとして働いていたポートランド市交通局は当時すでに時刻表データに基づいた独自の「乗換案内」ツールを一般に公開・提供していました。でも自分たちの交通網でしかそのツールは使えない。そこでマキューさんは「Googleマップにいろいろな地域の公共交通機関の時刻表データを取り込んで、乗る列車やバスや、その乗り換えを案内する機能をプラスできたら便利なのに」と考えました。そしてマキューさんは仕事で知り合ったGoogleの関係者に相談します。そこで彼女はGoogleのエンジニア、クリス・ハレルソンさんを紹介されました。ハレルソンさんはマキューさんの提案の価値をすぐに理解し、ポートランド交通局の時刻表データをそのままGoogleマップに取り込むデータ規格や検索、乗換案内のためのソフトを作りました。そして生まれたのが「Google Transit(トランジット)」という、Googleがウエブで提供するオンライン経路検索&乗換サービスです。

ふたりの最初の電話会議からわずか5ヶ月後の2005年12月7日、ポートランド市交通局の時刻表データを使用した、ポートランド首都圏をカバーするGoogle Transitの最初のバージョンがリリースされ、鉄道やバスなど複数の公共交通機関を統合したオンラインの経路検索&乗換サービスが始まりました。2006年9月にはさらにアメリカの5つの都市でもサービスがスタート。そしてこのとき初めて「Google Transit」を使うための時刻表のデータフォーマット「Google Transit Feed Specification(その後、世界共通規格にするためにGoogleからGeneralに改称。略称GTFS)」として、パブリックドメイン(公有財産としてだれでも使える)かたちで公式に公開されました。


GTFSのファイル構造図。データがテキストファイル形式で記述されています。

GTFSではデータの記述に、どんな表計算ソフトでも扱えるCVS形式を使っています。そのため、公共交通機関がこの形式で時刻表データを作ってGoogleに登録すれば「Google Transit」に路線や時刻表が表示されます。つまり、それだけで公共交通機関のオンライン経路検索&乗換案内サービスができるようになるのです。この技術とサービスは、ヨーロッパや日本に伝わり、世界中の公共交通機関が積極的にこのサービスに参加。わずか数年で、インターネットのブラウザを使ってこのオンライン経路検索&乗換案内サービスが、世界中の公共交通機関で使えるようになったのです。

そして2010年代、GPS衛星からの電波を受信して常に持ち主の現在地が正確にわかるスマートフォンが普及すると「Google Transit」(日本語ではGoogle乗換案内)の機能は「Googleマップ」に統合されます。そして現在のように「Googleマップ」などのスマートフォンアプリで、電車、バス、飛行機、フェリーなどの公共交通機関の経路検索&乗換サービスが簡単に使える時代が実現しました。「Googleマップ」をはじめ最新のナビゲーションアプリでは、交通機関の運行状況、車内の混み具合などの情報も含め、私たちにリアルタイムで安全で快適な移動のためのさまざまな情報を常に提供してくれます。

アメリカのふたりのITエンジニアの「気付きとアイデア」、そしてふたりが考案した公共交通機関の時刻表データを世界共通のデータ規格「GTFS」が、世界中で公共交通機関を使った正確で快適で経済的でしかも環境に優しい移動を、だれもが簡単にできるようにしてくれたのです。スマートフォンの「Googleマップ」アプリで電車やバスなどの公共交通機関を使った経路検索&乗換サービスを使うときは、ちょっとそのことを思い出してください。