もっと知りたい時計の話 Vol.72

さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史、時計が測る時間、この世界の時間などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。

あなたは「目覚まし時計」を持っていますか? 子どもの頃、使っていましたか? そして、今もお使いですか? 今回は「目覚まし時計」のお話です。

私たちにとって、「最初の時計」はおそらくほとんどの方が「目覚まし時計」ではないでしょうか?  今では目覚ましにスマートフォンのアラーム機能を使う方が多いと思います。しかし、小さな子どもにとって最初の時計はたぶん目覚まし時計だと思います。そして小さな子どもへの贈り物として目覚まし時計は今も、定番アイテムのひとつです。

目覚まし時計の歴史は古く、紀元前4世紀から3世紀に遡ります。古代ギリシャの大哲学者のプラトン(紀元前428〜348)が弟子たちに音で講義の開始を告げる機能付きの水時計を使っていたという話や、発明家クテシビオス(紀元前285〜222)がアラームのようなさまざまな機能、仕掛けが付いた水時計「クレプシドラ」を発明したという話が伝えられています。

そして14世紀頃には、塔時計に続いて機械式の置き時計がアラーム機能を備えて開発されます。まず使われたのは修道院で、祈祷の時間を知るために使われました。ただそれは、決まった時刻を知らせるもので、使う人が自由にアラーム機能の設定時刻を設定できるものではなかったようです。15世紀に入るとアラームの時刻が設定できる機械式の置き時計が誕生します。でもまだ高価なため、一般の人々には普及しませんでした。

目覚まし時計が一般の人々に普及したのは19世紀後半から。1851年のロンドン万博に展示された目覚まし時計がそのきっかけになったと言われています。そしてその背景には「産業革命」がありました。

工場を運営する資本家にとって最大の問題。それは労働者が定時に出勤してくれないことでした。当時、懐中時計が紳士の間で流行しますが、まだまだ高価で誰もが手にできるものではありませんでした。でも目覚まし時計はそれよりはるかに安い値段で作れます。労働者に定時に働いてもらうための道具として、目覚まし時計の存在意義、価値は大きかったのです。

ただ、いくら目覚まし時計があっても、「時刻を読み取る」ことができなければ、「時間を守る」という意識がなければ、その活用はできません。そのため、職場や学校では、時間に対する教育が目覚まし時計の普及と並行して行われました。公共の時間に従って生活すること。今では当たり前のことですが、そのように行動できるようになるには特別な訓練が必要なのです。


「時刻を読む」ことは、文部科学省が小学校で教えることを定めた「小学校学習指導要領」の「第2章 第3節 算数」の第1学年の「量と測定」のところで習うことになっています。

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/syo/san.htm

私たちは保育園や幼稚園で、さらに小学校で「時間が12時間制で1日が24時間であること」や「1時間が60分で、分針が文字盤を60分で1周すること。分針が文字盤を1周すると時針が1時間分(30度)動くこと」さらに「スケジュールに従って行動すること」を学びます。だから、時計が読める、時間がわかる、時間が守れるのです。そして世界の工業化、人々の時間意識の確立に不可欠な日常の道具として、目覚まし時計は世界中で普及していきました。

日本で目覚まし時計が普及し始めたのも19世紀後半。つまり明治時代になってからです。まず使われたのが外国製、主にドイツ製の目覚まし時計でした。当時、ユンハンスなどドイツ製が世界市場を席巻していたのです。丸い時計本体の上にひとつ、あるいはふたつのお椀型の丸いベルが付いているというもので、設定した時間になると、巻き上げておいたぜんまいの力で本体から出たハンマーが左右に振動、ベルを叩いて大きな音を出して知らせる仕組みでした。

そして1899年(明治32年)、国産初の目覚まし時計が登場します。作ったのはセイコーの原点、1892年に掛け時計の製造を開始した精工舎(現在のセイコーウオッチ。2025年4月1日をもって、精工舎の継承会社だったセイコータイムクリエーションからクロック事業が移管されています)。当時のドイツ製目覚まし時計はケースが鉄製のため錆びやすいという欠点がありました。精工舎製の目覚まし時計は真鍮のケースにニッケルメッキを施し錆びにくくすることで、国内や中国市場でドイツ製に代わって市場を席巻します。

精工舎の一連の目覚まし時計は「へそ型目覚」と呼ばれて親しまれました。なぜこう呼ばれたのでしょうか。それは時計の文字盤の周りの、丸く盛り上がった縁取りや中心部分がやや突出したようなデザインが“人間の飛び出したおへそに似ていること”からだったと言われています。そしてこの「へそ型目覚」は1940年代後半まで、つまり50年以上も生産されることになります。


1899年精工舎が作った日本初の目覚まし時計(画像提供:セイコーミュージアム銀座)。

ただ、使っていた方ならよくおわかりでしょうが、こうした機械式の目覚まし時計にはどうしても克服できない問題がありました。そのひとつが手巻きの腕時計と同じで「忘れずにぜんまいを巻かなければいけない」こと。また、作動音が大きなことです。そしてこの問題を解決したのが、1960年代に登場した電気式、電池式の目覚まし時計です。家庭に送られてくる電気の周波数に基づいて動くモーターを使うのが電気式。電池式は、トランジスタを使った発振回路で電磁石を駆動し、その磁力で永久磁石がセットされたテンプを動かすという、いわゆる“トランジスタクロック”でした。


日本初の電池式目覚まし時計「ハイアラーム」(1964年)(画像提供:セイコーミュージアム銀座)

1970年代、時計がクォーツ式の時代になると、アナログ式に加えて液晶表示を使ったデジタル式の目覚まし時計が登場。さらに時刻信号が含まれた標準電波を受信して時刻を自動的に修正する電波時計クロックがドイツのユンハンスにより開発され、現在も広く使われています。 そしてスマートフォン時代の今、目覚まし時計のいちばんの利用者は小さな子どもたち。またスマートフォンのアラームでは起きられない大人たち。そのため子どもたちには時刻を理解するための「知育時計」が、また“起きられない大人たち”向けには大音量の目覚まし時計が用意されています。目覚まし時計の活躍はこれからも続きます。


左)知育目覚まし時計。鮮やかな色遣いで楽しく時刻が学べます。右)大音量のアラーム音を備えた「RAIDEN」。ベル音と電子音を切り替えることができます[セイコー クロックの公式サイトから]

左)https://www.seiko-clock.co.jp/product-personal/alarm/education/kr524l.html右)
https://www.seiko-clock.co.jp/product-personal/alarm/megavolume/nr456k.html