もっと知りたい時計の話 Vol.65

さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。

今年2025年は古代中国発祥の暦、干支(えと)では「巳(み)の年」、つまり蛇(へび)年ですね。

へびは生物学的には、爬虫類(はちゅうるい)の有鱗目(ゆうりんもく)。そのヘビ亜種に属する爬虫類ぜんぶの総称で、同じ有鱗目にはトカゲがいます。外観上の特徴は、四肢が退化してなくなった細長い身体。南極大陸や極地以外あらゆる場所に生息していて、その場所も陸上から地中、樹の上、水の中まで生活圏も多彩。大きさも体長10cmくらいの「メクラヘビ類」から最大で7mを超えるものもいる巨大な「アミメニシキヘビ」まで多彩。小動物を捕食して、生態系のバランスを守るのに大切な役割を担っています。

干支が生まれた古代中国では、へびは“知恵と洞察”、さらに“神秘”を象徴する存在でした。しかし、古代の日本では、へびは何よりも“恐ろしい存在”だったようです。8世紀に編纂された『古事記』『日本書紀』『風土記』の中には、へびがたびたび登場します。そして、その中で有名なのが、人々を苦しめる巨大なへびの怪物・ヤマタノオロチ。日本最古の歴史書であり、この国の誕生神話が書かれた『古事記』の上巻には、この怪物を須佐之男命(スサノオノミコト)が退治する話が書かれています。

その記述によれば、ヤマタノオロチ(八岐の大蛇)は「その目は酸漿(赤いほおずきの実)のように赤く、身体は一つで八つの頭と八つの尾があります。またその身には日影蔓と檜と椙が生え、其の長さは谿(谷)八つ、峡谷八つに渡り、その腹を見ると悉く常に血が爛(ただ)れている」とあります。そうしたことから、先人たちが描いたヤマタノオロチの画は、まるで龍の怪物のように描かれていました。

その一方で、日本各地の伝承や特産品について書かれた『風土記』では、ヤマタノオロチをときに洪水や山火事を起こす怖い存在であると同時に、崇めるべき“水神”や“山の神”として描いています。

稲作をしていた人々にとって、洪水などの天災は最大の脅威のひとつでした。そこで、田んぼの水辺で見かけるへびを、怒らせると天災をもたらす水神や山の神の化身だと考えて、“田んぼの守り神”、さらに“五穀豊穣をもたらす神様”だと考えて大切にし、神社に祀るようになったのでしょう。

そして日本全国には、生物学的に「白化型」のアオダイショウを「白へび様」としてお祀りしてきた神社がいくつもあり、巳年には特に数多くの参拝客で賑わいます。東京近郊では、冒頭の写真でご紹介した東京都品川区の二葉にある「蛇窪神社」が有名です。


蛇窪神社は、都営地下鉄浅草線・東急電鉄大井町線中延駅より徒歩約5分、JR各線西大井駅より徒歩約8分、大井町線戸越公園駅より徒歩約12分。「スネークタウン」という名前で街興しの取り組みも行われ、商店街の該当も白蛇さまがモチーフです。

ヨーロッパやエジプト、インドや中南米など、世界の他の地域でも、へびは神のモチーフになっています。なかでも白いへび「白へび様」は、仏教の七福神のひとり、音楽や弁舌、財富、知恵、延寿をつかさどる女性の神・弁財天の化身、あるいは“幸運をもたらすそのお使い”とされ、商売繁盛や金運向上、芸術や学問の向上などのご利益があるとして信仰され続けてきました。またへびは何度も脱皮して“生まれ変わる”ことから再生や生命の象徴にもなっています。

また、へびの干支には特定の時間帯が関連付けられ、明治6年(1873年)1月1日からの太陽暦と定時法の導入以前の「不定時法」の時代には、時刻表示に使われていました。それが「巳の刻(みのこく)」。直訳すると「へびの時刻」という午前9時から11時の間を表す時刻でした。


十二支を使った和時計の文字盤(銀座セイコーミュージアム所蔵品を撮影/筆者)。定時法の時計の「10時から11時」の部分に「巳」の表示が。ただ不定時法の表示なので、時針はこの間を定時法の時計よりゆっくりと動きます。そのため、現代の時刻では午前9時から11時に当たります。

この「巳の刻」については、古代中国の思想家・諸子百家の中でも老荘思想を唱えた老子が、この「巳の刻」、つまり午前9時から11時の間を大切にしたという逸話が残されています。 「巳の刻に、人は最も集中力を発揮し、深い思索に耽ることができる。この時間を無駄にしてはならない」 深い洞察力と観察力で「蛇の如く」の異名を持つ老子はあるとき、こう語ったといいます。弟子たちはその教えを守り、巳の刻に重要な学びや決断を行うよう心掛けたそうです。

睡眠は身体を休めるばかりでなく、朝から晩まで活動する人間の脳。その中に蓄積された情報を整理して、脳をリセットするためにも不可欠なもの。そして、脳がリセットされた午前中は脳の処理能力がもっとも高まる時間。老子の逸話は、この最新の脳科学の知見を先取りしていたかのようです。みなさんも老子とその弟子たちのように、この「巳の刻」を意識して、仕事や学習に取り組んでみてはいかがでしょうか。