もっと知りたい時計の話 Vol.63

さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。

皆さんは「ミニッツ(ミニット)リピーター(minute repeater)」という時計をご存知でしょうか。懐中時計の時代からある“音で時刻を奏でる”メカニズムを備えた時計のことです。「minute」はもちろん「分」という意味で、「repeater」は「繰り返すもの」という意味。時刻を“繰り返しの音”で知らせることでこの名称で呼ばれています。

ヨーロッパでは中世から教会にある塔に設置された塔時計の鐘の音が、また日本では少なくとも江戸時代から毎正時に打たれるお寺の「地鐘」の音が、現代の公共時計の役割を果たして、人々に時刻を告知していました。明治維新以前まで、時計が一般的に普及していなかった時代には、時刻は“音で知るもの”だったのです。

世界初の「ミニッツリピーター」が開発されたのは17世紀のイギリス。当時はまだ電気が発明されていない頃で、文字盤の針の位置が読み取れない暗い場所でも時刻を知ることができるように、と考案されたものでした。

“音で時刻を奏でる”機能はまず、ムーブメントのサイズが大きな「置き時計」で実現されました。そして、時計師たちはこの機構を懐中時計に組み込もうと努力を重ねます。そこで小型化の最大の障害になったのが、音を出す「鐘(ゴング)」でした。そのため、最初期のミニッツリピーター懐中時計には、美しい音が出るゴングはなく、ハンマーがケースを叩く、そのときの振動で時刻を知るものだったといいます。

しかし18世紀末に天才アブラアン‐ルイ・ブレゲがゴングをリング状にしてムーブメントの外周に配置する、現在のミニッツリピーターと同じ構造を考案。教会の鐘の音のような美しい音で“時刻を奏でる”ことに成功。顧客だった王侯貴族や富裕層の間で大人気を博します。

ただこの機構を腕時計サイズに凝縮するのは非常に難しく、ミニッツリピーター機能を搭載した世界初の腕時計が誕生したのは1892年のこと。ルイ・ブラン&フィルズ社(現在のオメガ)が、ポケットウォッチのムーブメントを小型化して実現しました。

そして、現代の機械式ミニッツリピーターは、この「音で時間を知らせる」機能を極限まで洗練させた、複雑時計の中でも頂点に位置する“時の芸術品”です。時刻を知りたいとき、ケース横のレバーをスライドさせたりプッシュボタンを押したりすると、機械式ムーブメントの中に組み込まれた、ケースの内側、ムーブメントの外周部にセットされた、リング型の金属製のゴング(鐘)を金属製のハンマーで叩いて音を出し、教会の鐘のような音で“時刻を奏でて”くれます。

ミニッツリピーターには、時計機構に加えて、現在の時刻から「ゴングとハンマーをどのように、何回打つか」を決める機構、ゴングとハンマーを使って音を奏でる「時打ち(ストライキング)」機構、さらに「ハンマーを規則正しい時間間隔で打つ」ためのガバナー(調速機)が必要です。


パテック フィリップの自動巻きミニット・リピーター(ミニッツリピーター)ムーブメント「R 27」。ムーブメントの周囲にクラッシックなゴングが、ムーブメント左下・内側にゴングが。そして下・中央のカラトラバ十字の後ろにガバナーがあります。

そのため機械式の複雑機構の中でも製作と調整が大変です。さらに「音を奏でる」ハンマーとゴングには、楽器のような音程や音色の「調律」も必要になります。そのため、製造できるのは最高峰の時計ブランドや最高峰の技術を持つ時計師に限られています。他の複雑時計よりケタ違いに高価なのは仕方がないことなのです。

そしてこの“音で時刻を奏でる”技術を未来に継承するために大きく貢献したのがジュネーブの名門「パテック フィリップ」です。機械式時計が危機に瀕した1970年代に、ミニッツリピーターを製造し調整する技術はいったん途絶えてしまいました。

しかし同社の前社長(現名誉会長)のフィリップ・スターン氏はミニッツリピーターを復活させることを決意。ローザンヌ連邦工科大学やジュネーブ工業学校の協力を得て技術開発に取り組み、創業150周年の1989年、「キャリバー 89」を発表。そして、完全自社開発・製造の自動巻き新型ミニッツリピータームーブメント「キャリバーR 27」搭載モデル「Ref.3974」と「Ref.3979」を発表します。


R 27系のムーブメントを搭載する現行モデルのひとつ「Ref.5303R」。ゴングとハンマーとその動きが文字盤側から見ることができるオープンワーク仕様になっています。

次回は、このミニッツリピーターがどのように“音で時刻を教えてくれる”のかを具体的に解説。また、このミニッツリピーターの最新技術をご紹介します。