もっと知りたい時計の話 Vol.59
さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。
国内でも海外でも、知らない場所に出かけるとき、いまではどんな人にとっても絶対に欠かせないもの。そして何よりも頼りになるもの。それがスマートフォンとその中の地図アプリです。
いま自分は地球上のどこにいるのか? スマートフォンのマップアプリを使えば、即座に自分の現在位置がわかります。しかも最大でも約3m、状況が良ければ数十センチという驚きの精度で正確に分かる。さらにアプリで目的地を設定すれば正確な道案内もしてくれる。いつの間にかわたしたちは、そんな世界に生きています。日常生活でも仕事でも、紙の地図を使うことはほとんどなくなりました。ところで、この「神アプリ」の背後にGPS、そして「原子時計」という時計の存在があることを、みなさんはご存知でしょうか。
スマートフォンにマップアプリが最初に搭載されたのは2007年、今から15年ほど前のこと。そして世界中でいちばん使われている地図アプリといえば、おそらく「Googleマップ」です。2005年2月にまずPC版が誕生。そして2007年11月に、そのスマートフォンアプリ版が登場します。そして、ここから世界が一変しました。翌2008年にはAndroid版アプリが。2012年にはiOS版、つまりiPhone版アプリが登場。2014年からは、今レストランやホテルなどお店や施設の検索が、その場所の情報付きで可能になっています。
このマップアプリ、そのサービスと機能を実現しているインフラストラクチャー(社会基盤)が、地上2万メートル上空にある数十個ものGPS衛星で構成されたGPS=グローバル・ポジショニング・システム(Global Positioning System)、全地球測位システムです。GPSはもともとは1970年代にアメリカの国防総省が軍事用に開発を開始したもので、1980年代から徐々に運用を開始。1990年代に入ると民間でも利用が可能になり、カーナビゲーションシステムとして私たちの生活に浸透しました。そして2000年代に入るとスマートフォンで誰もが簡単に使えるようになったのです。
左)今も打ち上げが続くアメリカの第3世代GPS衛星「GPSブロックIII」。ロッキードマーチン社製。これに加えて日本の上空には準天頂軌道にある「みちびき」4基があり、この電波を使ってより正確な測位が実現されている。右)地球全体をカバーするGPSの概念図(内閣府の「みちびき」ウエブページより)。
ところで、なぜスマートフォンとマップアプリで現在地が正確にわかるのでしょうか。また「原子時計」はどんなもので、どこにあって、GPSシステムでどのような役割を果たしているのでしょうか。
原子時計は、セシウムやルビジウムの原子が、決まった周波数で励起状態(高エネルギー状態)になることを利用して作られた時計です。そしてその時間精度は「100万年に1秒」以上。一方、クォーツ式時計の精度はもっとも高いものでも「1年間に1秒」。つまり原子時計はクォーツ式より100万倍も正確です。
私たちのふだんの生活に必要な時間の精度は「クォーツ式で充分」という気がしますよね。なぜ、こんなに超高精度な時計がGPSには必要なのでしょうか。それは、GPSが超高精度な時計なしには、絶対に実現できないシステムだからです。
スマートフォンでマップアプリを起動すると、その中のGPS受信機はまず、地球の上空約2万メートルにあるGPS衛星の発信する、衛星の軌道上の正確な位置と時刻の情報を受信します。GPS衛星には2〜3個の原子時計が搭載されていて、GPS衛星の時刻情報はこの原子時計に基づいています。このとき、衛星から送られてきた時刻情報と、受信した時刻にはごくわずか、具体的には1マイクロ秒(100万分の1秒)以下のズレがあります。この情報からGPS受信機は自分と衛星の距離を精密に計算します。
スマートフォンのGPS受信機は複数のGPS衛星の電波を受信して処理できるようになっていて、4つ以上のGPS衛星の電波が受信できると、まずそれぞれの衛星と自分の距離を計算します。さらに、この4つの距離を三角測量の原理で計算します。すると、地球上で4つの距離円がひとつに交わる点がひとつだけ見つかります。ここが現在地です。理論的には上空に最低24個のGPS衛星があれば地球全体をカバーできるそうです。
4つのGPS衛星から現在地を特定する仕組み(JAXA=日本宇宙航空研究開発機構のウエブページより)。
このとき、スマートフォンと衛星との距離の計算に絶対に欠かせないのが、GPS衛星に搭載された原子時計が実現してくれる超正確な時刻です。電波は光と同じ超高速ですから、もし衛星から届く時刻情報に1マイクロ秒の誤差があると、それだけで地上での位置情報の誤差は300メートルになってしまいます。つまり、GPSにはクォーツ式時計とはケタ違いの超高精度な原子時計がどうしても必要なのです。
ただ1955年に開発された原子時計はかなり大きなものでした。その壁が破られたのは1972年。当時の西ドイツのミュンヘンでふたりの技術者が、1辺が10センチメートルの立方体サイズの、衛星に搭載できる超小型の原子時計の開発に成功しました。ここでやっとGPSが実現できるめどが付いたのです。
1965年に日本の電波研究所(現・国立研究開発法人情報通信研究機構 略称NICT)が初めて導入したアメリカ・ヒューレット・パッカード社製のセシウム原子時計。
現在、地球上空には50基を超えるGPS衛星やその補完衛星があって、それぞれ2〜3個の超小型の原子時計が搭載され、マイクロ秒よりもさらに正確な時刻情報を休みなく発信しています。そしてスマートフォンのマップアプリはもちろん、飛行機を筆頭にあらゆる乗り物や機械、社会システムがこの情報を活用してこの社会を支えています。
内閣府の「みちびき」のウエブサイトには、いま電波が受信できるGPS衛星を表示してくれる「GNSS View」というページや、その機能を持つ「GNSS View」アプリのリンクがあります。ご興味のある方は、ぜひ一度アクセスしてみたり、アプリをスマートフォンにインストールしてみたりしてはどうでしょう。