もっと知りたい時計の話 Vol.57

さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。

人間はもちろん、あらゆる動植物、さらに菌類、藻類にいたるまで生物はみな「体内時計」、つまり「時間を測定する機構」を持っていることを、皆さんはご存じでしょうか。

ほ乳類の場合には脳の中、左右の視神経が交差する部位の少し上の視交叉上核(しこうさじょうかく)に「時計中枢」と呼ばれる部分があります。ラット(実験用ネズミ)の脳のこの部分を破壊すると、24時間・昼夜のリズムがなくなってしまうことから、当初はこの部分が「生物時計」なのだと考えられてきました。ところが1997年、動物の細胞から「時計遺伝子(clock gene)」と呼ばれる、「体内時計」をつかさどる遺伝子群が見つかりました。そして動物の場合、細胞のひとつひとつに「細胞時計」があって、それぞれが独自の生体リズムを持っている。そして視交叉上核がこの調整の役割を担っている。全身の体内時計を統合する役割を果たしていることも解明されてきました。

ではなぜ生物は「細胞」に、また身体の中にそれを統合した「時計」を備えているのでしょうか。それはこの時計が生存に重要で不可欠なものだからです。たとえば動物は、餌を食べたり睡眠したりするなど、生命維持に不可欠なさまざまな行動を、この時計に基づいて行っています。つまり脳の活動やホルモンなどの内分泌系の活動もこのリズムに従っています。システムは違うそうですが、動物ばかりでなく植物にも「体内時計」があって、この時計に基づいて生きているのです。

そして体内時計が作る周期の中でも有名なのが、ラットの脳を破壊する実験でも触れた1日=約24時間周期の「日周リズム」というもの。動植物を自然環境から切り離して、つまり昼夜の光の変化のない実験室に隔離しても、この周期に基づいて決まった行動をすることがわかっています。これは英語では「サーカディアン リズム(circadian rhythm)」。日本語では「概日リズム」(circaとはラテン語で「おおむね」という意味)とも呼ばれています。

この「日周リズム」が生まれたのは、生物がまだ単細胞生物や菌類のようなものだった頃にさかのぼると言われています。生物の増殖にはDNAを複製することが不可欠ですが、DNAの正常な複製を妨げる、生物にとって有害な紫外線の多い昼間を避ける必要があります。つまりDNAの正常な複製を実現するために、体内時計に基づいて「日周リズム」が作られたというのです。

この「日周リズム」が発見されたのは意外に古く、今から約300年も前のフランス。太陽王・ルイ14世の後を継いだルイ15世が統治していた18世紀はじめのことです。発見したのはフランスの科学者ジャン゠ジャック・ドルトゥス・ドゥ・メランという人。彼は「おじぎ草」の葉が、外界から隔離した状態でも、約24時間周期で動いていることに気付いて、1729年にこの発見を科学論文に書いています。この頃、日本は「暴れん坊将軍」というテレビドラマで知られる江戸幕府の8代将軍、徳川吉宗の時代でした。


植物の花芽の形成や開花も日照時間が短くなるとそのスイッチが入ることが知られています。これも植物の「体内時計」が働いているのです。

ただこの日周リズムは「概日リズム」とも言われるように、厳密に24時間というわけではありません。研究の結果、動物の日周リズムは約25時間。人間の場合は平均で24時間10分。つまり24時間より少し長いことがわかっています。そして完全な暗闇で生活するとこのリズムにズレが生じます。

このとき、日周リズムの調整に大切な役割をするのが光です。生物に強い光を当てると一時的に日周リズムが乱れることや、逆に定期的に照射される光が日周リズムを整えることが知られています。夜更かしによる生活リズムの乱れや、飛行機での長距離移動で起きる「時差ボケ」は、こうした原因で日周リズムがいつもとは違うことで起きること。朝日を浴びることなど「強い光の照射」がその解消に役立つことも最近の研究で明らかになっています。


生物時計について詳しく知りたい方はこちらをオススメします。『生物時計はなぜリズムを刻むのか』 ラッセル・フォスター、レオン・クライツマン著 本間徳子訳 2006年日経BP刊 

日周リズムの乱れ、つまり「体内時計」の乱れは、内分泌・代謝系および自律神経系に大きく影響するので、私たちの健康に大きなダメージを与えます。具体的には高血圧症や狭心症、気管支喘息や糖尿病などが悪化するリスクが高まります。ただ逆に、体内時計を計算に入れて投薬することで、薬の副作用や毒性を減らしつつその効力を高めようという研究も行われています。

最近はこうした体内時計の研究に基づいて「健康を維持するための理想的な睡眠とは何か」の研究も進んでいます。みなさんもこうした研究を参考に、たとえば「朝は必ず定時に起きて自然光を浴びる」など、体内時計を意識して日々の健康を考えてみてはいかがでしょうか。