もっと知りたい時計の話 Vol.53

さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。

「3分間」は、あなたにとってどんな時間でしょうか? どうやら、この3分間=180秒という時間は、人間にとって特別な長さ。一種の「魔法の時間」。「ものごとを行うとき、ひとつの目安になる時間」のようです。今回はそんな「3分間」にまつわるお話です。

日本では「3分間」が、時間のひとつの目安になっていることが多いですね。 なぜそうなっているのか? あまりに多いので、その理由を調べてみました。 すると、ひとつ起源が見つかりました。日本で最初の時計が設置された飛鳥時代の日本。そして当時の時計が、671年に天智天皇が大津宮に設置した水時計(漏刻)でした。

驚いたことに当時の時制は現在と同じ定時法で、1昼夜を12に分けて(12辰刻)十二支の名称で呼び、1辰刻を4つの刻(4刻 または4点)に分け、さらにその1刻を10に分けてて「1分(いちぶ)」と呼んでいたことが『延喜式』などの文献から知られています。そしてこの時制で、1辰刻は現在の2時間、1刻は現在の30分間、1分(ぶ)は現在の3分間に相当します。もしかしたらこの「1分(いちぶ)」が、現代の「3分間」の起源かもしれません。


江戸中期の暦学者で和学者、1752年の「宝暦の改暦」に関わった西村遠里(にしむら・とおさと)が著書『授時解』で描いた漏刻の図(国立天文台アーカイブより)

おそらく、その当時から「3分間」はこの日本という国で「特別な時間」だったのでしょう。人間がひとつのことに集中して取り組める時間は「3分間」が限度。これはビジネスの世界でよく言われる“常識”のひとつ。どんな人でも3分間なら無理なく待ってもらえる。とりあえず付き合ってもらえる。そしてこの“常識”は私たちの社会で広く普及しています。

そしてこの“常識”に基づいて、世の中には「3分間」を目安にしたものが数多くあります。たとえば「人前でするスピーチの長さは3分間が目安」。しばらく前まで、固定電話の通話料も「3分間=10円」でした。また、1966年に始まったTVの特撮ドラマシリーズ「ウルトラマン」が変身した状態で戦えるのも3分間。同じテレビ局の昼前の料理番組にも「3分クッキング」(現在は3分間ではないものの)がありました。ポピュラー音楽の世界でも、1曲の長さは3分間がひとつの目安で、それ以上長い曲は「長い」と評価されてきました。

そして「3分間」という時間からもっとも多くの人が思い浮かべるのが、カップ麺の調理時間でしょう。カップラーメンが初めて製品化されたのは1971年。油で揚げて水分が抜けた状態にした油揚げ麺にお湯をかけると、麺の表面の微細な穴から水分が麺に浸透して柔らかい状態に戻る。このカップ麺の調理時間も、誕生当初から3分に設定されていたのです。


カップ麺の調理時間表示。なお、油揚げ麺タイプは3分間ですが、油で揚げないノンフライ麺や、太いタイプの麺を使った商品の調理時間は4〜5分が一般的です。

実はこの3分間、麺を戻すために「どうしても必要な時間」ではないそうです。麺を細くすれば、戻す時間は大幅に短縮できるとのこと。そのため「調理時間たった1分間」を売りにしたカップ麺が過去に開発・発売されたことがありますし、麺が固めの九州ラーメンで、1分を切る55秒という調理時間のカップ麺も発売されました。

では、カップ麺のメーカーはなぜ、調理時間を「3分間」に設定しているのでしょうか。最大手メーカーの公式ウェブに掲載されている「調理時間3分間」の理由についての説明を読むと「いちばんおいしく食べられる時間だから」という、ちょっと不思議な回答が書いてあります。

どうやらこの設定も「3分間が人間にとって特別な時間だから」のようです。食べてはいけない、待たなければいけない、でも無理なく待てるこの「3分間」のあいだに、私たちの「おいしさへの期待」は最大限に高まってくれる。「いちばんおいしく食べられる」というのは、調理時間のためばかりでなく、3分間が私たちにとって「特別な時間だから」なのでしょう。

いま、若者を中心に使われている「タイパ(タイムパフォーマンス=時間対効果)」という言葉が象徴するように、「限られた時間で、できるだけのことをしよう」という意識が若者を中心に高まっています。

これからも私たちはこの「3分間」を特別な時間、ものごとを行う時間の、ひとつの目安にしていくのでしょうか。それとも3分間に代わって、今後はより短い「2分間」や「1分間」が代わりの目安になるのでしょうか。みなさんはどう思いますか?