もっと知りたい時計の話 Vol.48

さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。

機械式時計の世界では長く「時計は手で巻いて使うもの」でした。1日か2日おきに、小さなリュウズを手で巻く必要がある。リュウズを回すことで、香箱という部品の中にある渦巻き型をしたバネ「ぜんまい」に、時計を動かすためのエネルギーが蓄えられ、このバネが解ける力で機械式時計は動きます。1950年代まで、時計の世界ではこの「手巻き式」が主流でした。

リュウズを手で巻かなくても「腕に着けているだけで回転錘(かいてんすい=自動巻きローター)が回転してその力で、上記と同じく香箱の中のぜんまいが自動的に巻かれる。1930年代にはこの「自動巻き機構」が開発されます。ただ一般的に普及するのはそれから約20年の1950年代になってから。日本でも1956年に最初の自動巻き時計が発売され、1960年代に自動巻き式がスタンダードになりました。今、発売されている機械式時計の「手巻き式」と「自動巻き式」の割合は1:9といわれています。

でもこのコーナーで「あえて、手巻き時計を選ぶ理由」というタイトルでお伝えしたように、手巻き式の時計には、自動巻き時計にはない大きな魅力があります。そして今回は改めて、この「手巻き式時計」のお話です。なぜなら、今また高級時計の世界で「手巻き式」が注目されていて、このコラムでも先日ご紹介したスイス・ジュネーブの国際時計見本市「ウォッチズ・アンド・ワンダーズ・ジュネーブ 2024(WWG2024)」でも、世界から集まった時計のプロたちの間で大きな話題になったからです。

クォーツ式時計にはない機械式時計の大きな魅力。それは時計を耳に当てると「カチカチ」とか「カンカン」など、クォーツ式よりしっかり大きな、まるで生き物の心臓の鼓動のような音を楽しむことができることです。

そして、リュウズを自分の指で回してぜんまいを巻くのは、この“生き物”に命を与える、育てることだといえるでしょう。これは、シンプルなものでも100個を超える部品からできた精密機械と「対話する」ことでもあります。最近の自動巻き式時計は「手巻き付き」。つまりリュウズを指で回してぜんまいを巻き上げることができるものが多いのですが、この「手巻き機能」はあくまでも補助的なもの。一方、手巻き式の時計は、自動巻き式よりもこの人と機械が対話するときの“感触”、いわゆる“手巻きの味”にこだわって作られています。

手巻き式のモデルではぜんまいを巻いたとき、自動巻き式を手巻きしたときとは違う、特有の感触を指先から感じることができます。そしてこの感触は、手巻き式でもブランドやモデルごとにまったく違います。驚くほど軽快に回せるもの。巻くとき、しっかりとした手応えがあるもの。さらにカチカチとしたクリック感が味わえるものなど、本当にさまざまです。

今年のWWG2024では数は少ないものの、このぜんまいを巻くときの感触、“手巻きの味”を追求した手巻きモデルがいくつか登場して、世界中から集まった時計バイヤーや時計ジャーナリストなどの時計関係者、また時計愛好家の間で絶賛されました。

そのひとつが、グランドセイコーの新作「エボリューション9 コレクション 手巻メカニカルハイビート36000 80 Hours モデル」Ref. SLGW003です。(8月発売予定)


グランドセイコー「エボリューション9 コレクション 手巻メカニカルハイビート36000 80 Hours モデル」Ref. SLGW003

シースルーのケースバックから眺めることができる、グランドセイコー専用の「Cal.9SA4」という手巻きムーブメントは、毎秒10振動のハイビート、「デュアルパルス脱進機」の搭載など、機械式ムーブメントとして最先端の自動巻きムーブメント「Cal.9SA5」をベースに手巻き用に再設計したもの。約40%の部品が新しいものだそうです。

そしてこの時計の隠れたこだわりが、手巻きするときの“巻き心地”の良さを実現するための工夫です。ぜんまいを巻くとき、ぜんまいを収めた香箱に取り付けられた角穴車の逆回転を防ぐのは「コハゼ」と「コハゼバネ」という部品です。この部品も含めてこの時計は“心地良い巻き心地”を追求して生まれました。しかもこのコハゼは、この時計が作られている盛岡市の「市の鳥」であるセキレイがデザインモチーフになっています。


新開発のグランドセイコー専用の手巻き式ムーブメントCal.9SA4。左上の、歯車と噛み合っている、セキレイがモチーフの小さな部品がコハゼです。

時計をひっくり返して裏側にして、リュウズを使って指でゼンマイを巻いてみると、その“心地良い感触”にびっくり。しかもこのコハゼが、まるで餌をついばむように動きます。

部品のカタチにまで及ぶこのこだわりは画期的で別格。ですが、現代の手巻き式時計の多くが、この“ぜんまいの巻き心地”にこだわって作られています。もしあなたがこのコラムで手巻き式の時計に興味を持たれたら、時計店の店頭で手巻き式の時計に触れてみてはどうでしょう。


来場者の注目を集めたWWG2024のグランドセイコーブース。日本の自然風景からインスピレーションを受けたブースデザインとなっています。