もっと知りたい時計の話 Vol.40

さまざまな時計、その素晴らしい機能や仕組み、その時計が生まれた歴史などについて、もっと知って楽しんで頂きたい。 日新堂のそんな想いを込めてお届けするのがこの「もっと知りたい、時計の話」です。

みなさんは最近、自分で何かの電池を交換したことがありますか?

小型の家電機器や文房具ではこのところ、環境保護の観点から乾電池を使わず、充電式電池を本体に内蔵したものが増えています。また自分で乾電池型の充電式電池を購入して、乾電池の代わりに使っている方もいらっしゃるようです。そのため乾電池のように使い捨てタイプの電池を使う機器も少なくなって、電池交換をする機会も以前よりもかなり減りました。

腕時計でも、文字盤に組み込んだソーラーセル(太陽電池)で発電し、そのエネルギーでムーブメントを動かす、基本的に電池交換が不要なソーラー駆動のクォーツ式のものが増えています。ただ、すべてのクォーツ式モデルがすべてソーラー駆動になることはないでしょう。なぜなら、ソーラーセルは時計のデザインの大きな制約になりますし、複雑・多機能なムーブメントは、ソーラーセルが発電する少ない電力では動かすことができないからです。

そして、定期的な電池交換が必須のクォーツ式の電池寿命も、環境保護やメンテナンスの手間を考えて、昔よりはるかに長くなっています。誕生当初は約1年間ほどでしたが、基本的には約2〜3年間が標準的に。モデルによってはその倍の約6年間、長いものになると約10年間という大容量の電池を使ったモデルもあります。

それでも電池の中のエネルギーが限界まで減ると、クォーツ式は止まってしまいます。また限界に近くなると、秒針が2秒に1回動くなどの「電池切れ予告表示」が出ます。そうなったら電池交換をするしかありません。そのとき、みなさんはどうしますか?

いまは家電機器の電池交換はもちろん、照明器具の電球やクルマのライトバルブの交換まで、身近なものの基本的なメンテナンスは“ちょっと腕に覚えがある”人なら、自分でやってしまう時代。クォーツ式の腕時計の電池交換も同様で、100円ショップでは「時計の電池交換ツール」が売られていますし、YouTubeには「電池交換を自分でやってみた」という動画がたくさんアップされています。


ボタン型電池には酸化銀電池(SR)、アルカリボタン電池(LR)、リチウム電池(CR)の3種類がありますが、時計に使われるのは酸化銀電池。電池の残量がなくなる直前まで一定の電圧を維持する特性があります。

ではクォーツ式の腕時計の電池交換は、YouTuberがオススメするように「自分で行っても大丈夫」なのでしょうか。最近ではネットの動画を参考に家電の修理など「できることは自分でやる」ことが当たり前のようになってきています。「大丈夫。自分でやってみましょう」とお伝えしたいところ。ですが、自分で交換するのはオススメできません。愛用しているクォーツ式の腕時計の電池交換は必ず、時計を購入された時計店や、時計メーカーのサービスセンターなど、時計修理のプロがいるところにお願いしましょう。

ネットの動画では「簡単」に思えますが、実は腕時計の電池交換はかなり難しい作業。ふつうの人が挑戦すると、大切な時計を壊してしまう可能性が高いのです。なぜ壊れる可能性が高いのか。なぜ自分で行わずに、プロに依頼した方が良いのか。その理由を具体的に説明しましょう。

腕時計の電池交換でまず最初の作業。それは時計のケースの裏蓋(うらぶた)を開けること。そして、ケースの裏蓋を開けるためには基本的に特別な道具が必要です。

シンプルで薄型ウォッチによく使われているのが「はめ込み式(スナップバック式)」と呼ばれる、裏蓋をケースにパチンとはめ込む構造のケース。この裏蓋を開けるためには、ケースと裏蓋の間に差し込んで裏蓋をこじ開ける「こじ開け」と呼ばれる道具が要ります。ただ、昔ながらのこの道具は使い方にコツがあって、慣れていないとケースや裏蓋に傷を付けてしまうことが多いのです。

防水性の高いスポーツウォッチのケースは、ケースと裏蓋の両方にネジが切られていて、裏蓋をネジのように回してケースに取り付ける「ネジ込み式(スクリューバック式)」という構造です。そして、このタイプのケースを開けるには、裏蓋の外側にある溝に合わせて裏蓋を回せる「裏蓋オープナー」が必要です。そしてこちらも使うにはかなりのコツが必要で、うまく使わないとケースや裏蓋に傷を付けてしまいます。

次の電池の交換作業も、注意しないとムーブメントを壊してしまうデリケートな作業です。ピンセットやドライバーの先を使って電池カバーと電池を取り外すのですが、このとき、道具の先が他の部分に触れないようにしなければいけません。なかでも絶対に触れてはいけないのがステップモーターのコイル。道具の先で一瞬触れただけでも、触れた部分のコイルが断線してムーブメントが壊れてしまいます。


ステップモーターのコイルは、クォーツ式ムーブメントでもっともデリケートな部品のひとつ。ふつうは1つですが、このクロノグラフムーブメントのようにモーターが複数あるものにはそれぞれにコイルがあります。

さらに新しい電池を取り付けるときも、電池の「持ち方」に細心の注意が必要です。時計用の円盤型のボタン型電池は、上がプラス極、下がマイナス極になっているので、金属製のピンセットで「上下をはさんで持つ」と、電池が一瞬でショート(短絡)してダメになってしまいます。そのため、電池をピンセットで持つときは必ず「電池の横」を持たなければいけません。

と、ここまでの作業でも、腕時計の電池交換がとても難しいことがわかるでしょう。たとえ無事にここまでの作業が完璧に終わっても、自分で電池交換を行わずにプロに任せた方が良い理由はまだまだいくつもあります。そのひとつが時計の防水性の問題です。

裏蓋とケースの間には、そのすき間からケースの内側に水や水蒸気が入るのを防ぐゴム製などのパッキンが取り付けてあります。電池交換のために裏蓋を取り外すときは、このパッキンも一緒に取り外します。そして裏蓋をケースに取り付けるときは、裏蓋とケースの間にすき間ができないように、このパッキンも元通りの位置に取り付けなければいけません。

でも、これまでケースと裏蓋の間で締め付けられていたパッキンは、時間が経っているので劣化しています。そこで時計店や時計メーカーのサービスセンターでは、電池交換と同時にこのパッキンも新品に交換して取り付けて、防水検査を行うことになっています。


ケースと裏蓋のすき間から水が入らないようにするシリコンゴム製の防水パッキン(左)。裏蓋にセットしてケースにねじ込むと、変形してすき間をふさぎ、ケース内が密封された状態に(右)。電池交換のたびにこのパッキンも新しいものを使うのが基本です。

ところが自分で電池を交換した場合は、新しいパッキンを自分で用意しない限り、古いものを元通りに取り付けることになります。また防水検査も行えないので、元通りの防水性があるかどうかわからないまま、使い続けることになります。ですから、特に高い防水性が求められるダイバーズウォッチの電池交換は、時計店や時計メーカーのサービスセンターにお願いすることが必要なのです。また新品の電池に交換しても、ムーブメントの潤滑油切れなどの問題で、きちんと動かなくなることもあります。その場合は、時計自体の正規の修理が必要となります。

ですから、時計の電池交換は、自分で行うより、時計店や時計メーカーのサービスセンターなど、正規のプロにお任せしましょう。その方が絶対に安全で確実ですから。